第4章

第73話

「あれぇ?皆原さん、風邪引いた?鼻声だね」





課長はしゃーっと華麗にキャスターをデスクサイドまで動かし、顔を覗かせた。







「いえあの、大したことはないんですけど」




「大丈夫?一応今日は定時で帰ってね。悪化させたら大変だから」




「はい、すみません・・・・」




「いいよいいよ」







課長はそう言いながら、再びしゃーっと席に戻った。



私はデスクの上のパソコンに身を隠し、気付かれないようにそっと頬を緩めた。



心配して声をかけてくれた課長には申し訳ないけれど、心の中ではガッツポーズしていた。





まさか本当に風邪を引いてしまうとは思わなかった。朝起きてすぐに喉の痛みに気づいた瞬間は、やっぱり情けなくてショックだった。




けれど・・・・正直この鼻声は、今日の私にとってとてもラッキーだったのだ。



幸いまだ声だけだし、すぐに薬も飲んだからきっと悪化はしないはず。















『今夜会える?』





今朝、突然かかってきた希和からの電話。


それは、先週からの出張先である中国からだった。





『予定よりも早く、今日の夕方に羽田に着く便で帰れることになったんだ』




「本当に?会えるの?」




『史が大丈夫なら、俺は会いたいよ』




「っ、もちろん大丈夫だよ!えっと、もしかしたら1時間くらいは残業になるかもしれないんだけど」




『じゃあ史が終わったら連絡して。ってそれよりさ、なんか声掠れてない?』




「あ・・・・これは」




『もしかして風邪引いた?』



「大したことないの!ちょっと夜ベランダで涼んだりしちゃってたから。けどホント熱もないしっ」





こんなことで「やっぱり今日会うのやめる?」なんて言われるのが怖くて、慌てて否定した。





『ベランダって・・・・もう涼むとかの季節じゃないでしょ。ーーーまぁいいや。今日は俺が史の部屋に行くから』




少し呆れながらもそう言ってくれた。






希和に会えるのは、1ヶ月ぶりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る