第69話
バカですよね、
そう言って目尻を下げた森さんを、私は笑うことなんて出来なかった。
人間ってどんなに強がって偉そうにしていたって、本当は弱くてとても脆い生き物なんだと思う。
種類は違えど、私も愚かな"間違い"を犯したことがあるから。
わかってはいても、止められない欲がそこにあった。分不相応な望みに、つい手を伸ばしてしまった。
例え最後に訪れるものが地獄だとしても、目先の幸せに溺れたかった。
だから森さんの話も、他人事になんて思えなくて、
・・・・笑えなかった。
「精神的に追い込まれた私はけっきょく会社を退職したのですが、運良く現在の出版社にすぐに転職することができました。先生の担当になって、暫く経った頃でした。つい口を滑らせてしまったんです。借金があることと、その理由も。ーーーそれからです」
「え?」
「買い物を頼まれるようになったんですけど、その度に明らかにオーバーな額のお金を渡されるんです。コンビニで煙草を買うだけなのに1万円とか。お釣りも要らないって」
「・・・・それって、」
「その代わり、掃除なんかも頼まれるようになって。今の職場の給料だけでは正直返済がきつかったんですけど副業は禁止されてますし・・・・だからすごく助かりました」
・・・・そんな理由があったんだ。
森さんに雑用を頼んでいたのは、決して穂高さんが傲慢だとかそういうわけではなかった。
森さんの為に、森さんを思っての、穂高さんの優しさからだったんだ・・・・。
「もちろんその金額分、いいえ、それ以上に、しっかりコキ使われてますけどね」
確かにこの間見た時は、すごい量の買い物をさせられていたっけ。
女性に頼むには、容赦ない量だった。
「・・・・でも、だからこそ、先生に対して申し訳ないなって気持ちをあまり持たずにいられるんです」
「あ・・・・」
「それも含めての計算だとしたら。
ーーーとんでもなく優しすぎますよね」
「可愛いだろ。いいよな、ノラ?」
ノラちゃんに話しかける穂高さんの、あの低いのに温かい声が、脳裏に響いた。
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