第67話

森さんは「ちょっとすみません」と断ると、バッグの内ポケットからスムーズに取り出した携帯電話を耳に当てた。



スマートフォンではないのが、なんとなく森さんらしいと思ってしまった。





「はい森です。どうかされましたか?」





聞くつもりはなくとも、こんな至近距離だ。



どうしたって会話が耳に入ってきてしまう。





「・・・・は?餌って。だって今日持っていったばかりじゃないですか」





餌って、ノラちゃんのご飯、だよね?



ってことは電話の相手は穂高さんかな。



けっこう前に帰ったはずの森さんが、まさかまだマンション内にいるなんて、穂高さんは思いもしないだろうな。




「・・・・わかりました、チキン味ですね。明日また買っていきますから。それより先生、締切りは来週ですから絶対に守ってくださいね!」




通話を終えた森さんが、思いきり顔を顰めた。




「あの猫、サーモン味は好みじゃないらしく、まったく口にしなかったそうです」



「えっ」



「ったく、なんて我儘な猫なのかしら!贅沢言ってないでなんでも食べなさいよ!餌を買ってきてあげてる私にはまったく擦り寄っても来ないしっ」




森さんのこめかみがピクピク動いているように見える。



ノラちゃん、確か穂高さんにも我儘な女だって言われてたよね・・・・。



全てにおいて、けっこう好き嫌いがハッキリしている猫さんなのね。



可愛いなぁ。




「じゃあそれで森さんが明日また、チキン味のご飯を買ってくることになったんですか?」



「そうなんです。先生もホント人使い荒いんだから」



「あの、どうしてそこまでするんですか?」



「え?」



「買い出しとか掃除とか、べつに森さんがすることじゃないのに。やっぱりある程度売れてたりする先生の担当だったりすると、そういう頼み事ととか断れなかったりするんですか?」




言うことを聞かないのなら余所から出版してもいいんだぞ、みたいな?



私の勝手なイメージだけど、そういうことが現実にあったりするのかな。




「あー・・・・違うんですよ」



「え?」



「散々愚痴っといてなんですけど、先生の優しさでもあるんです」

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