第54話

「あー・・・実は私も今ね、三上ほどじゃないんだけど、新しい派遣の子が来たりといろいろ大変なのよねぇ。毎日ぐったりよ」



「それだけ、ですか?」



「え?」



「・・・・いえ、元気がないのは仕事以外のことなのかなって思ったので」




私は千家さんの顔から、千家さんの持つコンビニの袋に視線を動かした。



その動きに気づいた千家さんが「・・・あぁ」と呟いたあと、




「皆原さんってもうちょっと鈍い子だと思ってたけど、案外鋭いのね」




そう言って苦笑した。



仕事で嫌なことがあったり疲れているときほど食欲は増すのよね、と千家さんは以前話していた。



けれど今、袋の中にあるのは、先ほど手にしていたサラダのみだった。







「元彼がね、結婚するんだって」



「え・・・・」





青空を隠すように白い雲が拡がる空を、千家さんが見上げた。



口元は笑みを浮かべたまま、けれどそう言った声色は先ほどより少し沈んだ気がした。





「結婚って、もう・・・・?」




元彼って。



長く付き合ってはいたものの結婚条件が合わずに別れてしまった彼のことだよね?




「そう、"もう"よ。まだ私と別れてたった2ヶ月よ?さすがに早すぎじゃない?」



「そうですね・・・・」




確かに早すぎる。



結婚条件が合わなかっただけで、お互いに嫌いで別れたわけじゃなかったはずだ。



今はまだ想いを引きづっていても可笑しくはない時期だというのに・・・・もう結婚?




「私と別れてすぐにね、同じ職場の後輩の子に告白されたんだって。それで試しに付き合ってみたら意気投合しちゃってすぐ結婚ってことになったって。時期早々だし、決して浮気していたわけじゃないってことも伝えたかったのか、ご丁寧に私に報告してきたのよ、あいつ」




「・・・・・・・・」




「私だってちゃんと納得した別れだったはずだったのよ。けどねー、私とは3年も付き合ってダメだったのに、その子とは2ヶ月やそこらで簡単に結婚に辿り着いたのかって。ムカつくのか悲しいのか虚しいのか寂しいのか・・・・」




「・・・・千家さん」



「私は今でさえもまだ、自分の感情ですら整理できないっていうのにね」




初めて見る千家さんの弱々しい笑みに、きゅっと胸が詰まった。

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