第36話

「えっ・・・・ご存知なんですか?」




森さんは目を真ん丸くした。




「あっはい、すみません、偶然、」




「絶対大丈夫だって言ってたくせに、もうすでにバレてるじゃないですか・・・!」




森さんははぁっと息を吐いたあと、目の前の積み重なったティッシュボックスにおでこをごつんとぶつけた。



その勢いで、ティッシュボックスの前のトイレットペーパーが前方にぐらりと揺れた。



私は慌ててトイレットペーパーを掴んで支えると、そのまま「持ちますよ」と言ってその山から下ろした。



森さんも限界だったのか、「すみません、ありがとうございます」と素直に従った。






「気づいているのは私だけですし、もちろん大家さんにも誰にも言いませんから」



「お願いします・・・!引っ越したばかりなのにまたトラブルなんてホント勘弁なんです。ここは先生の希望する条件に当てはまる、苦労してやっと見つけた物件だったんですから」




ま、また・・・・・・?


前のマンションでも、何かやらかしたの?



それに苦労して見つけたって。




「あの、穂高さんに貴方は"担当編集者"さんだと伺ったんですけど、物件探しとかお買い物とかそんなことまでされるんですか・・・?」




どう見ても今森さんが抱えている荷物は、穂高さんの生活用品だ。



未だ穂高さんが何をしている人なのかは知らないけれど、"担当編集者"ってそんなことまでしなければならないのだろうか。



編集者というより家政婦みたいだ。




すると森さんは、先ほどより少し良好になった視界から、私の顔をまじまじと見つめた。





「確かお隣の・・・皆原さん、でしたよね?」



「はい、皆原です」



「もしかして皆原さんと先生は、その、そういったカンケイに・・・・・?」



「カンケイ?」





一瞬どういう意味なのかわからなかったが、その後すぐに理解した私は、




「ちがっ、違いますよ!穂高さんとの間には何もありません!それどころかお会いしたこともありませんからっ」



そう慌てて否定した。




引っ越してまだ数日。


なぜ森さんがそんなとんでもない誤解をしたのか不思議だ。




「え、会ったこともないんですか?だって野良猫のこと知ってましたよね」




「ベランダ越しに話したことがあるだけです。たまたま野良ちゃんの鳴き声が聞こえて、だから穂高さんの姿は見かけたこともないんです」



「あぁ・・・そうなんですね。私はてっきりもう先生が皆原さんに手を出したのかと」

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