第30話
私は思わず、けほけほっと咽せた。
「ちょっと大丈夫?」なんて聞きながらも、姉は続ける。
「もう何年いないんだろ。ねぇもしかして史、前の会社で付き合っていた人のこと、まだ引きずってたりするの?」
「まさか。それこそ何年前だと思ってるの?」
「そう?そうよね、あんな最低男のことなんてまだ想ってるわけないものね」
"最低男"
カエちゃんがそう言うくらい、確かに元彼は酷い人だった。
今勤めているデザイン事務所は、大学を卒業後にすぐ就職した会社を辞めたあとの転職先だった。
以前勤めていた会社で、入社後しばらく経った頃、部署内で寿退社することになった社員の送別会があった。
その席で初めて声をかけられた。
隣に座ったその彼は直属の上司ではなかった為に、それまできちんと話したこともなかった。
仕事も出来て部下からの信頼も厚く、おまけに顔まで整っているのだから、彼は社内の女性たちの憧れの的だった。
そんな人に猛アプローチされた私は、徐々に彼に惹かれていった。
けれど付き合って半年が過ぎた頃。
彼は突然、社内の別の女性と結婚した。
相手は彼の同期。
私と付き合うよりももっと前からその女性とお付き合いしていたらしく、私はただの浮気相手だった。
仕事がやりやすいようにと、社内での私達の関係は秘密だったことも。
彼の仕事が忙しくてなかなか会えないことも。
私は何ひとつ疑うことはなかった。
付き合ったのは、たった半年。
けれどそこそこの大手で条件も良かった会社を辞めようと思うくらいには、私は彼のことが好きだった。
「私の大事な大事な妹を傷つけたんだから、あの男が今いるのはきっと地獄よ」
「ママ、地獄ってなぁに?」
「んー?寧々ちゃんには関係のない所だから大丈夫よ」
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