パンケーキ作り
生地をフライパンに落とす。
どろどろ、と中心から円になって、ちょっと歪に拡がっていく。
艶やかで綺麗なクリーム色をしていて、蛍光灯の明かりが反射してる。
「火力はゆるめ、急がず、焼き過ぎず」
「うん――」
「大河……図書館の人と何かあったか?」
「え――だ、だれの話?」
なんの前触れもなく、いきなり突っ込んできたから怯んでしまう。
父さんは穏やかな表情で、横目で俺を覗いた。
「とぼけなくていい。どうせ彼女と会ったんだろ……やってることは爛れてるが、町の誰より、分別できる人だよ。だから、有坂家と結婚することになったんだ」
「有坂家?」
「有坂さんは、県内外でも有名な事業家だ。あそこに籍を入れたら安泰と言ってもいい」
「父さん、あのお姉さんと知り合いなの?」
「土日の夕方、よく店に来てたんだ。つい先週、報告を貰ってね、県外に引っ越したんだよ」
優しく目を細めた父さん。
「……」
「彼女も幸せになってほしい。結婚が全て、なんて言わないけど、有坂家なら、きっと問題ないさ……多分」
有坂家ってそんなに凄いんだ。
安泰ってことは、安心だし、特に困ることないってことかな。
「眞奈も、有坂家の人と結婚したら、幸せになれる?」
「……それは、どうかな。安全だろうけど――眞奈ちゃんは、ここを居場所だと思ってくれてる。家族だ。決めるのは眞奈ちゃん自身だよ」
「でも、居場所があってもさ、あの人、来るんでしょ」
「まぁ、ね。だけど問題ない。有坂家より厄介な相手なんてこの町じゃいないから、大丈夫さ」
「安泰だけど、厄介なんだ……」
「非常にね」
眉を下げて微笑んだ。
困らせるつもりはなかった、父さんにとってはあまりいいアイデアじゃなかったみたいだ。
「でも、まさか彼女が未成年に手を出すなんて、意外だったなぁ」
「えっ――」
不思議な顔して、眉を顰める父さん。
「なんもなかったって! は、話しただけ!」
なにか、マズイことが起きるんじゃないかって不安と、恥ずかしさ、気まずさから否定したけど、父さんは目を点にしたあと、「ははは」、と渋く笑う。
「そろそろひっくり返そう」
フライパンの、ちょっと歪な丸を指す。泡みたいなのがいくつか浮かんでる。
なんか、全部見透かされてるみたいで悔しいし、恥ずかしい。
渋々フライ返しを掴み、生地の底に差し込んだ。
抵抗なく、するりと入り込んでいき、手首を返せば裏面が見えた。
「あ」
「よし、いい感じだ。初めてにしちゃ上出来だよ。バイトする気があるならデザート係を任せようかな」
僅かに端っこがまだらになってるけど、中心は食欲をそそる焼き目で染まってる――。
君に幸福を。 空き缶文学 @OBkan
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