第4話 親兵局副長・烏賀陽伊織

 襟足が伸びた紫黒の髪に、切れ長の濃紫の双眸。両耳には金色の耳飾りピアス。さらには輪国の伝統衣装と大陸由来の軍服が折衷した珍妙な衣に身を包み、帯刀もしている。


 彼の背後には、同じ装束を纏った男性たちが控えていた。漆黒の基調も相まって、その出で立ちは桜夜がかつて在籍していた御庭番と同じ影の存在を彷彿とさせた。

 輪南弁を話す青年は整った相貌をしているが、淡い怪光を放つ紫瞳と吊り上げられた口の端がより不気味に感じられる。


 ――しかもこの男、全く隙が無い。


 立ち姿から相当な手練れであることが窺え、桜夜は警戒心を強くする。


 ――それに、あの刀は……。


 佩刀された打刀と脇差を一瞥していると、青年が滔々と口説き立てた。


「噂には聞いてたけど、まさかここまで別嬪べっぴんさんやとは思わんかったわ。〈龍蛇りゅうじゃの一族〉はみんな浮世離れした見た目してるっていうけど、桜夜ちゃんはそのなかでも別格なんちゃう? こんな綺麗な女の子見たことないわ。お人形さんみたい」

「御託はいい。お前は誰だ。なぜ私の名を知っている」

「まあまあ、そう警戒せんといてよ」


 へらりと笑う青年にますます胡散臭さと苛立ちを覚え、桜夜は凍てついた眼光で彼を射抜く。だが、当の本人は表情一つ変えずに素性を明かした。


「ボクは烏賀陽うがや伊織いおり。これでも一応、親兵局の副長なんやでー」


 聞き覚えのある単語がいくつかあり、桜夜はわずかに片眉を持ち上げる。

 烏賀陽家といえば、輪皇に仕えている二大側近家の一つだ。皇家の親戚筋にもあたる由緒正しい家柄で、文武双方において多くの優秀な人材を輩出していると聞く。


 ――要するに、この男は同業者というわけか。


 親兵局は輪皇直属の護衛部隊にして諜報機関。将軍にとってのそれが、桜夜が以前まで身を置いていた御庭番であり、同じような立場だと言えた。


「将軍お抱えの〈龍蛇の一族〉――清水一門は界隈で有名やし、こっちも伊達に御上の耳と目やってるんちゃうからな」


 ちなみに、桜夜ちゃんが弟君を溺愛してるのも把握済み~。


 茶目っ気に衝撃的な事実を口にする伊織に、桜夜は大きく碧眼を見開く。


「どうして蓮夜のことを……! 嵐慶たちにだってまだ知られてないはずだ」

「お、やっとおもろい顔見せてくれたな。やっぱりこの手の話題は桜夜ちゃんに効果覿面てきめんやったか」

「質問にだけ答えろ」


 凄みをきかせる桜夜に、伊織は「はいはい」と仰々しく肩をすくめる。


「今、桜夜ちゃんらは猟師のおじいさんにお世話になってるやろ?」

「……まさか、あの人が」

「察しが良くて助かる。あの人、ボクの親友のお師匠さんでな。今は隠居してるけど、昔は親兵局におったんや。烏賀陽と少なからず繋がりもあって、いろいろ協力してもらってる。まあ繋がりなんかなくても、紀和全体が烏賀陽の領域である以上、その気になれば土地の人間全員を懐柔できるけど」


 桜夜は小さく舌打ちした。

  紀和は清水一門ゆかりの地であると同時に、昔から烏賀陽家が統治してきた土地でもある。

 まさか、こんな深山幽谷にまで烏賀陽の息がかかった人間がいたとは。


 ――明日の夜にはここを発とうと思っていたのに……!


  桜夜は己の浅慮を後悔してもしきれなかった。


「……お前たちの目的は何だ」


 声を落とし、愛刀の柄を握りしめる桜夜に、伊織は不敵な笑みを深めて答えた。


「単刀直入に言うと、キミら二人を保護しに来た」

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