行き倒れの魔王を拾った日①
「うーん……。よかった、ケガはしてないようだね?」
ペタペタと無遠慮に、男の身体に触れる小夜。やや強引にローブを脱がせると現れたのは、高く筋の通った鼻は、形も良い。
後ろでひとつに束ねられたつややかな長い髪は、見事なまでの濡れ羽色だ。
鮮血を思わせる真紅の瞳と頭に生えた二本の角は、魔族の証。最初に、想像したとおり。……いや。それ以上に整った男の容姿に、小夜の視線は釘付けになった。
「……キレイだな」
思わず口をついて出た、感嘆の声。
魔族が美しいと噂には聞いていたけれど、まさかこれほどまでとは。
その発言に驚き、ぎょっとしたように開かれた男の双眸。
そして、次の瞬間。男はプッと噴き出したかと思うと、そのままゲラゲラと、腹を抱えて笑った。それに驚き、今度は小夜が瞳をカッと大きく見開く。
「お前は俺が、こわくないのか?」
ひとしきり笑ったあとようやく開いた男の口から響いてきたのは、腹の底に響いてくるような美しいバリトンボイス。
それに少しだけ動揺しながらも、表面上は余裕の笑みで答えた。
「こわく……、はないかな? だって今の君はとても弱っているから、非力な僕から逃げることすらできないじゃないか」
からかうようにピンと軽く、指先で男の額を弾く。訪れた、無言の時間。またしてもご機嫌を損ねてしまったかと思ったが、男は愉快そうに笑って言った。
「なるほど、たしかにそのとおりだ。しかし俺が力を取り戻して、急にお前に襲いかかったら? あるいははなから全部俺の打った芝居で、お前を喰らうための策略かもしれないぞ?」
その言葉を聞き、小夜はうーんと考え込む。しかしその、数秒後。ニッと笑って告げた。
「それだとたしかに、困るね。襲われるのも、食べられるのもごめんだもの。だけどあなたはそんなことをしないし、するつもりもないだろう?」
頬に小夜の小さな手のひらがそっと触れると、男の大きな身体が怯んだように小さく震えた。
そして、その瞬間。……魔物の腹の虫が、大きな声でグゥと鳴いた。
それを聞いた小夜は、一瞬の間のあと、我慢できずにプッと噴き出した。
「アハハ、なるほどね。誰かに襲われた、とかではなく。……君は単に、空腹で行倒れていたんだね?」
クスクスと笑いながら聞くと、男はバツが悪そうにプイと顔を背けた。存外、かわいらしいところもあるようだ。
「供の者と、はぐれたのだ。仕方がないだろう?」
「へぇ。君はもしかして、魔族の偉い人なのかい? でもたしかに誰だって、空腹には勝てないよ。うーん……、だけど困ったな。魔族の人の好む食べ物って、いったいなんなんだろう? 縁があって拾いはしたけれど、見ず知らずの人に自分の血肉をわけてあげるほど、僕は寛容な人間じゃないんだよね」
「魔族が人間を喰らうといっても、それは知性を持たない下等な者たちだけだ。俺は、喰わん。それにしても、拾いはしたって。この俺をそこら辺の、犬猫のように言うとは……」
呆れたように言われたけれど、小夜からしてみればこの男も、犬や猫と似たようなものである。犬猫のほうが従順で愛嬌がある分、上かもしれないくらいだ。
その考えはさすがに口には出さなかったものの、表情にはしっかり出てしまったらしい。再び男の口元が、への字型に曲がる。
しかし小夜は別段それを気にするでもなく、笑顔で告げた。
「ふぅん、そういうものなのか。なら僕らがふだん食べているような食事でも、大丈夫そうだね。それを聞いて、安心したよ」
***
「相当弱っているみたいだし、今日のところはこれで我慢して」
テーブルの上に置かれたのは、熱々のパン粥。
はじめてこういう質素な食事を目にしたのか、魔族の男は不思議そうに首をかしげた。
「これは、なんだ? ……本当に、食えるのか?」
相当弱っているであろう男の胃腸の具合を思い、作ってやったというのにひどい言われようである。しかしとろとろを通り越し、ドロドロになるまで煮込まれたそれは、いくら空腹だったとしてもあまりおいしそうには見えないかもしれない。
「それは、パン粥だよ。もちろん食べられるに決まっているじゃないか、本当に失礼な人だな。貴重な食材を使って作ってあげたんだから、ちゃんと全部残さず食べてよね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます