魔王の抱き枕②
女子高生の持つ水晶は彼女が手にした瞬間キラキラと輝きはじめ、その後まばゆいばかりの七色の光を放った。
一方小夜の持つ水晶は、待てど暮らせどわずかな光すらも発することはなかった。
異世界転移に巻き込まれて連れてこられただけの自分は、これからいったいどうなってしまうのだろう?
実は自分のほうが本物の聖人でしたなんていうベタな展開ももしかしたら今後あるのかもしれないが、正直それもなんだかめんどくさい。
それに勝手に転移させられた自分に謝罪の言葉ひとつなかった国の人たちのために、身を粉にして働くというのもばかばかしい。
そもそもの話自分は巻き込まれただけで、本当に無能力者な可能性のほうが高いというのはなんとなく腹立たしいので考えないことにした。
そして本物の聖女とされる女の子が皇族だの魔道士だのに大歓迎される中、完全に放置されている状況に危機感を覚えた小夜はこっそり城を抜け出した。
その後皇国の下町 ヴァルドで途方に暮れていたところを、運良くパン屋の気の良い夫婦 ゼフとクレアに拾われた。子どものいないふたりは明らかに異端な存在である小夜のことを、実の息子のようにかわいがってくれた。
こうしてしばらくの間は彼らの子として平和に、ごくごく普通の平民として暮らしていた。
だがそこでまた新たな、思わぬ事件に巻き込まれる。
いつものように買い出しに出かけた小夜は、路地裏で倒れる怪しい男に出逢った。
現代日本では、ほぼお目にかかることはないであろうシチュエーション。しかしここは、異世界。剣と魔法の世界なのである。勇者だって、魔王だって存在するのだ。
とはいえ現在は人間と魔族の間には和平協定が結ばれ、しっかり棲み分けもできているらしいから両者の間で殺し合うようなことはなくなったようだ。しかしそれを良く思わない者も、まだまだいると聞く。
……おそらく容姿を隠すためだろうけれどこんなに怪しいかっこうをしているのは、自ら自分が魔族ですって言ってまわっているようなものだよな。
本来魔族たちはあの遠く離れた山の頂にある、おどろおどろしい魔城の辺りを生活の拠点としているはずだ。
……もしかして間違えて人里におりてきて、そこで何者かに襲われたのだろうか?
突然のことに激しく動揺しながらも、行き倒れをこんなところに置き去りにするわけにはいかない。たとえその相手が、魔族なのだとしてもだ。城から逃亡中の身のため目立つマネはしたくないというのが本音だが、もしここでこのまま死なれでもしたら目覚めが悪い。
火事場の馬鹿力とはきっと、こういうことを言うに違いない。小夜は自分よりもずっと大きな男の身体を引きずるようにして、老夫婦と暮らす家へと連れ帰った。
***
夫婦は最初、小夜が連れ帰った男の姿を見てたいそう驚いてはいたものの、根っからのお人好しなため体調が回復するまではとの条件付きで家に置くのを許してくれた。
意識が朦朧としている様子ではあるが、男は家に着いても怪しいローブを脱ぐことなく顔を隠すようにしていた。しかしそれでもその美麗な見た目を、隠し切ることはできない。
だけどこうして、自身の姿をさらすのを嫌がるということは。……この男はやはり、人ではないのかもしれない。
この異世界で生きる人々は、まるで物語の中に出てくる登場人物のように皆見目が良い。しかし魔族の者たちは、さらにその上を行くと聞く。
顔をはっきり見たわけではないが、ちらりと覗く口元を目にしただけで、それはこの世のものとは思えないほど艶めかしく妖しい美しさだった。
「まるで、手負いの猫だね? そんなに警戒しなくても……。僕らは別に君のことを、取って食ったりはしないのに」
少しでも相手の緊張を解そうとしてクスリと小夜が笑って言うと、男の形のよい唇が不愉快そうにゆがんだ。
しかし警戒心をむき出しにしながらも男は逃げ出す気力も体力ももう残されてはいないのか、触れようとする小夜の手を避けようとはするものの、身をよじる程度の抵抗しかできないようだった。
だけどそんな男の反応を見て、小夜は確信した。男は会話をする気がないだけで、やはり小夜の言葉を理解してはいるのだと。
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