第4話 パンケーキ食べたい

「———へぇ……内装は結構良いじゃない」


 眼鏡を掛けて帽子を被り、金髪ギャルから知的ギャルへとジョブチェンジした柚月が何か吟味するようにキョロキョロと店内を見回しては、何度か頷いて超絶上から目線に宣う。

 俺はそんな生意気極まりない眼鏡ギャルを少し後ろから白けた目で見つめた。

 

「何様だよお前」

「お客様よ。別に勝手に評価するくらい良いじゃない」


 俺でも分かる。

 こういった奴らが、のちに『お客様』という肩書きを振り翳して此処ぞとばかりに店員をイジメるんだぜ、きっと。そのときは他人のフリして離れよっと。

 あと、お前は1度全内装デザイナーに謝れ。


「何を考えているのか聞いても良いかしら?」

「断る。てかさっさと座ろうぜ。あんまりうろちょろしてると2人にバレるじゃん」

「…………アンタに正論で諭されるとか、一生の恥ね」

「コイツとんでもなく俺のことを下に見てんなおい。幾ら温厚な俺でもキレるぞ?」

「……温厚? ちょっとスマホで『温厚』の意味を調べた方が良いわよ」


 キョトンとして首を傾げる柚月の言葉に、俺はキリリと眉が吊り上がるのを自覚しながら口元をヒクヒクと痙攣させつつも……これからのことを考えて何とか怒りを抑え、海人と詩織の会話がギリ聞こえる場所に座る。


 オシャレな内装の店内の席は1つの机に2つの椅子がセットになっており、そのセットが十数組あり、それぞれが等間隔に並べられていた。

 海人と詩織は端っこに座っているので、俺達は必然的に真ん中辺りに座らなければ声が聞こえないわけで。

 

「……ヤバい、直ぐバレそう」


 俺はチラッと海人達の方を一瞥しつつ小声で危機感を募らせる。

 今の所2人とも話に夢中らしくて気付いていないが……辺りを見回したが最後、絶対にバレるだろう。帽子と眼鏡程度でバレないのはフィクションだけです。

 ……ホントにバレてないよね??


 俺は一応2人に耳を傾ける。


「あぁ楽しみだなぁ……ホント、琢磨様々だね。やっぱりアイツはいつも頼りになるなぁ……」

「ふふっ、私も楽しみですっ。それに……ゆるゆるな海人君を見れるなんて、琢磨君には感謝しないといけませんね」

「まぁ探した本人は課題で来られなかったみたいだけど……昔から優秀なくせにおっちょこちょいなんだよね、琢磨って」

「うっ……わ、私も柚月ちゃんに言われた記憶が……」

「い、いや別に詩織さんのことを言ったわけじゃないからね!? 僕はそんな詩織さんも可愛いと思うよ」

「ふぇっ!? も、もう……私を揶揄って遊んでいるんですかっ?」


 ———バレてないどころかパンケーキの50倍くらいあっまあまな会話が聞こえてきたんですけど。

 え、最高かよ、いいぞもっとやれ! そのままあーんくらいしろ!(厄介オタク)

 そんで海人、お前は後でしっかり2人で話し合おうな?


 一先ずバレてなさそうな2人の様子に安堵しつつも、俺が所在なさげに肩を縮こまらせていると……柚月も同じように顔を歪める。

 

「マジそれ。はぁ……ミスったわ……このことを知ってれば、黒染めスプレーとか持ってきてたのに……」

「え、そんなのあるんだな。もしかしてお前のアイデンティティの金髪を真っ黒に染めれるの?」

「誰が金髪がアイデンティティよ。もっとあるでしょうが」

「……あぁ、毒舌とかあるな!」


 コイツ以上に毒舌な奴なんか見たことないね。

 1つ1つに防御貫通が付与されてんのかってくらい刺さるんだよなぁ……その内口だけで相手を吹き飛ばせそう。


 何て思いつつ俺が閃いたとばかりにパッと表情を明るくして言えば、柚月が一瞬何かを堪えるように目を閉じた後、小さくため息を吐いた。

 

「ぐっ……ふぅ、危なかった。うっかりアンタの顔が陥没する所だったわよ」

「うっかりで俺の顔を凹ませるのやめて? 俺のイケメンフェイスが無くなったらアイデンティティが消失しちゃうでしょうが」

「自分で言ってて悲しくないの?」

「悲しい」


 悲しくないわけがないでしょうが。

 琢磨君のライフはもうゼロよ!


「全く……もうさっさとパンケーキ食べるわよ」

「りょーかい。すいませ———んぶっ!?」


 眼鏡越しに呆れを孕んだ瞳を向けてきた柚月の言葉に同意して俺が店員さんを呼ぼうと声を上げた瞬間———俺の口が向かいに座る柚月が乗り出すと同時に口元に押し付けられた手によって遮られる。


「あ、アンタ何してんのよっ!? 大声だしたらバレるでしょうが! アンタの頭に脳みそはないのかしら!?」

「もごもごもご!」


 おいこら離さねぇと息できねぇだろうが!

 テメェの掌舐めてやろうか!? 

 …………きもっ。


「そ、そんなボロクソに言わなくても良いじゃん……や、止めてくれたのはありがたいけどさ……」

「良いからアンタは黙ってなさい」

「……うす」

 

 俺は口を塞ぐ手を退けて露骨にシュンと肩を落としながら、呆れつつもスッと手を挙げて2人分のパンケーキを頼む柚月の姿を眺めるのだった。








「———こちら、特製スフレパンケーキです」

「ぉぉぉぉぉ……!!」


 可愛い店員さんのスマイルと共に俺達の下にやって来たふわふわのスフレパンケーキに俺は感嘆の声を漏らしつつ目を輝かせる。

 この瞬間だけは2人の観察という目的を忘れて喜んでた。


「え、めっちゃ美味そう。早く食べたいんだけどまだ?」

「ちょっと待ちなさいよ、今撮ってるのが見て分からない?」

「ハイッゴメンナサイッ」


 俺がジトーっとした目で、スマホを構えつつ睨めっこする柚月に不満を零せば……キッと一瞬だけ睨まれて、片言な返事が口を衝いて出る。


 こっわ……もう脊髄反射で謝っちゃたもん。

 やっぱりコイツの口撃はその内誰かを吹き飛ばすぞ。


 何て下らないことを考えながらも待っている間に観察対象へと耳を澄ませる。

 

「わぁ……美味しいですっ! 海人君っ、とっても美味しいですよっ!」

「ほんとにね! 開店の時もまた行きたいなぁ……」

「あ、今度は4人で行きましょうっ! きっと2人も食べたがってるはずですっ!」

「そうだね、今度は4人で食べよっか。……悪いね、琢磨。君の分まで僕が美味しくいただいておくよ」


 ふっ……お前ら優しいじゃねーか……こうして尾行してるこっちが罪悪感に押し潰されそうだぜ。

 

「……琢磨?」

「んあ? お、もう食べてもいい?」

「ええ、ちゃんと撮れたわ」

「後で送っといて〜。んじゃいただきます」


 俺は待ち切れないとばかりにパンケーキにナイフを差し込む。


 スフレパンケーキなのでふわふわとしていて潰れないように切るのが難しいが……ここはパンケーキ愛好家会長の腕の見せ所。

 数多のパンケーキを食べてきた俺に切れぬパンケーキはない!


 俺は綺麗に一口サイズにカットした後、ゆっくりと口に運ぶ。

 途端に滑らかな口溶けと程よい甘さが口いっぱいに広がる。

 

「〜〜〜っ」


 美味すぎて頬が緩むのが自分でも分かる。

 2人が言っていた通りここは是非とも通わせていただきます。

 手が止まらないとはまさにこのことだよな。


 何て俺がパクパクと物凄い早さで食しつつ海人達の会話を一言一句漏らさないように聞き耳を立てていると……前方から小さなため息が聞こえた気がした。


「はぁ……黙ってれば格好いいのに……」

「え? 何か言った? ちょっと海人達の会話に全集中してたからちっとも聞こえなかったわ」

「何でもない。アンタは本当にアンタね、って言ったのよ」

「何だそれ」

「ふふっ、気にしなくてもいいわよ」


 パンケーキを食べてご機嫌なのか、頬杖を付きながら小さく笑みを零した金髪眼鏡ギャルの様子に首を傾げつつも、目の前のパンケーキへと再び意識を傾けた。

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