第3話 放課後デート(尾行)

「———時は来た……!!」


 日が傾き僅かに茜色に染まった空の下、俺は噛み締めるように告げた。

 時はいよいよ皆んなお待ちかねの放課後となり……2人の放課後デートが見れるということで、当然の如く俺のボルテージは一気にマックスに振り切れる。

 あれ、マックスから振り切れたらぶっ壊れてね? まぁええか。


 一瞬疑問が頭を過ったが、胸に宿る淡い期待がそれを押し流してしまった。


「柚月隊員———準備は良いか!?」


 海人と詩織が2人で下駄箱を出たのを確認すると、俺は後ろで此方に呆れの孕む瞳を向けてくる金髪ダウナーギャルもとい柚月へ問い掛ける。


 もちろん俺は準備万端。

 いつでも全速力で走れる所存です。

 全速力で走る場面が来るかは置いておいて。


「相変わらず五月蝿いわね……。あと誰が隊員よ、私が隊長でしょうが。アンタだったら開始数秒でバレる未来しか視えないわ」

「それほど俺が無意識の内に周りの視線を集めちゃうイケメンってことか。いやー照れるなーもっと褒めてくれ」

「寝言は永眠して言いなさい」

「何で俺が死なないといけないの!?」


 殺意高過ぎない?

 ホントにイケメンなんだから良いじゃん。


「ナルシストはモテないわよ」

「自分に自信があると言ってくれ。ナルシストと言われたら一気に残念に聞こえる」

「アンタの存在が残念だから今更よ」

「この人24時間フルタイムで毒吐くじゃん」


 毒舌系美少女はモテな……いこともないのか。

 美少女って羨ましい。

 俺も美少女がよかった。

 は?


「と言うか……2人はいいの? もう行ってるけど」

「何でそれを直ぐに言わないの? 急いで追い掛けるぞ柚月隊員っ!」

「だから隊員は……もう良いわ」


 俺が大慌てで靴に履き替える中、柚月が諦観のため息を零した。










「———もどかしい。この距離がもどかしい。あぁ、早くその綺麗な右手に———」

「人の心の中を実況するの、アンタじゃなくてもマジでキモいわよ」

「思った。自分で言ってて胃がムカムカした」

「なら何で言ったのよ……」


 付き合う2歩前くらいの絶妙な距離を置いて並んで歩く海人と詩織の姿に、海人視点で心境実況をしてみたが……自他ともに評判最悪である。口コミレビュー☆1も付かないゴミ。


 いやぁ……このボケはマジでちょっとキモかったな。

 普通に胃薬欲しくなったもんね。

 パンケーキでは一生食っても胃もたれなんてしないけれども。


 何て思いつつ、再び2人に目を向けると……逆に言葉に表せぬもどかしさを俺が感じてきて、手をワキワキさせて顔を歪める。

 

「てかマジでさっさと手ぇ繋いちゃえよぉぉぉぉぉ……! 別に幼馴染でもない異性と2人で放課後一緒にどこか遊びに行く時点で脈アリだろ。むあぁぁぁぁムズムズするぅぅぅぅぅ……」

「くっ……あと少し……あと10センチなのよ……!!」


 物陰から超絶イケメンと美少女の甘酸っぱくも傍から見ればイライラする姿を観戦して各々が顔を歪めて変な動きをする茶髪イケメン(俺)と金髪ギャル美少女。もはやホラーである。

 

「お母さん、何かきもちわるいカップルいるー」

「見ちゃ駄目よ。アンタはあんなになっちゃ駄目だからね? ……この世って顔だけじゃないのねぇ……」


 ほら、子供にもその母親にもひっどい言われようだ。

 多分これが同級生とかだったらぶん殴っていただろうが……可愛い幼女と若奥様だったから許してあげる。

 実際気持ち悪いし。


 俺が苦笑を零してチラッと親子を一瞥したのち、柚月に目を向ければ……何故か物凄く怒り心頭と言った感じで眉を吊り上げていた。美少女なのに怖い。

 てか落ち着けよ、血圧上がんぞ?


「……何よあの親子。ひっどい言いようね」

「それな。でも実際見た目は———」

「アンタと私がカップルに見えるなんて頭湧いてるのかしら? それとも目が腐ってるのかしら?」

「あ、そっち!? え、『気持ち悪い』とか『あんなの』に対してじゃないの!?」


 俺がギョッとして彼女の顔を覗き込む。

 しかしそこにはキョトンとした様子で首を傾げるギャルの姿があった。


「違うわよ、だって事実だもの。そんなのでキレるほど私の堪忍袋は小さくないわよ」

「なら俺とのカップル呼ばわりでキレんなよ」

「……あっ、2人がパンケーキ屋に入った」

「話逸らすなよ!」


 海人がキラキラと瞳を輝かせ、詩織もソワソワしながら共に中に入れば……慌てて隠れていたブロック塀から飛び出してパンケーキ屋へ駆け出す柚月。

 反射神経遅めの俺は、彼女に少し遅れて追い掛ける。てか足速っ、スカート短いしパンツ見えるぞ。

 彼女の運動神経の良さ感嘆すると共に、美少女のパンツが見えそうとのことで気付けば視線が釘付けになるも……突然立ち止まった柚月の姿に眉を潜める。


「おいどったの?」

「……店内に2人が座った場所から見えない席がないのよね……あ、私の下着見たら殺すからね?」

「そんな取って付けた様に死刑宣告されても……」

「は? 見たの?」


 おっと、つい口が滑っちまったようだ。

 ただどうせ言い訳しても意味ないし……。


 俺を侮蔑一色で見つめる柚月にキランッとギザな笑みを浮かべると。



「———真っ赤な下着とかめっちゃエロくて最高じゃん」

「———殺すッッッ!!」

 

 

 地獄の怨嗟みたいな声色で柚月が拳を振り被る……振り被る!?


「お、おいグーで殴るのか!? しかもその拳の位置は俺の顔面だよな!?」

「良く分かったわね? まぁ分かったところで絶対に当てるけど」

「待て待て待て! 解決案出すので当てないでくださいお願いします!! ほんの出来心だったんですって! 気付いたら俺のお目々が引き寄せられてただけなんだ!!」


 仕方なくない?

 だって美少女ギャルのスカートがはためいてるんだよ? 

 美少女ギャルのパンツ見えそうなんだよ?

 だれだって目が吸い寄せられますがな。


 俺が必死に拳から顔を守るように逃げながら訴えると。


「…………次は殺す」

「ハイッキモニメイジマス!」


 柚月は殺意の込められた瞳で俺を睨み付けつつ少し間を置いて大きなため息を吐いた。


「はぁ……それで、解決案は?」

「ん? これ」


 向けられる訝しげな視線を他所に、俺は鞄の中から2人分の帽子と眼鏡を取り出しながら、試しに自分で付けてみる。

 制服に関しては流石に無理。てか柚月の服なんか用意してたらやばい奴やん。


「どう? 似合うくね?」

「……似合ってるのが忌々しいわ」

「そこまで言う?」


 格好付けてポージングすれば、ギリッと悔しそうに顔を歪めて宣う柚月。眼鏡と帽子に親でも殺されたんか?


「……ま、これが今出来る最大限よね。中々気が効くじゃない。感謝するわ」

「可愛くねぇお礼の仕方だなー。『ありがとう琢磨っ』くらい言ってくれてもいいのに」

「冗談も顔だけにしときなさい」

「お前貸さねぇぞこら」

「ありがとう、琢磨っ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、苦々しい表情から一転して自らの美貌を完璧に理解した笑顔&上目遣いでお礼を告げる柚月。

 どうやらプライドより2人の様子を見る方に軍配が上がったらしい。

 

「ふっ……まぁ良いだろう、貸してやんよ」

「…………」

「無視しないで!?」


 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべつつ帽子と眼鏡を差し出した俺を真顔で一瞥すると共に2点セットをひったくってスタスタと店内に歩いていく柚月を、俺は慌てて追い掛けるのだった。

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