第2話 誘導
「———金がねーよぉぉぉ……」
「当たり前でしょ。高校生の分際で数万円分の商品を買ったらそうなるわよ」
無事作戦会議という名のストレス発散やけ食いを終えた次の日の昼休憩……俺は教室の隅で体操座りをしながら、ドンヨリとした空気を纏ってぼやいていた。
そんな俺を呆れを孕んだ瞳で見つめる柚月と。
「えーっと……どういった状況なのですか?」
「さぁ……僕にもちょっと……」
状況を飲み込めず首を傾げる詩織と海人。
その困った表情ですら、一枚の絵画のように神秘的に見えるのは、一種の幻覚作用があるのかもしれない。
ところで君たち……相変わらず同じ動きをするなんて仲良いね。
おっと、ついつい厄介オタクの悪い癖が出てしまったぜ……いけないいけない。
「2人とも気にしない方が良いわよ。どうせ聞いても、馬鹿の琢磨の行動なんて分かったもんじゃないから」
「おいコラ、誰が馬鹿じゃ誰が」
反射的に言い返せば、柚月がキョトンとした様子で俺を指差す。
「アンタに決まってるでしょ」
「何でだよ。最近は『言動に反してテストの点がいい琢磨さん』で有名なんだぞ」
ドヤァァァ……とドヤ顔全開で胸を張る俺を半目で見つめる柚月だったが、ふっと馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。
「それ、言動が物凄く馬鹿って意味だから」
「は? この噂を流した奴出てこい、ぶっ潰してやる」
「私よ」
「直ぐ眼の前に元凶がいた……!」
本当の敵は一番自分に近い所にいるとは聞いたことあるが、まさかそれが現実にある話だったなんて……ちょっとした人間不信になっちゃうぞ。
疑心暗鬼の俺とか死ぬほど面倒臭いからな?
ネチネチ戦法を極めてるからな。
何て柚月を睨みつつ、俺は立ち上がって半目を向ける柚月の下に近付くと。
「詩織の様子は?」
「舞い上がってたわ。海人は?」
「舞い上がってた。空飛んで宇宙行けるくらい」
「は?」
「ごめんなさい」
こっわっ……目が怖すぎて反射的に謝っちゃったよ。
俺的に結構良い例えだと思ったんだけど……どうやらお気に召さなかったご様だ。
全く我儘なお姫様を持つ執事は大変だわ。
「誰が我儘姫よ。あと、アンタが執事とか死んでも嫌」
「言い過ぎじゃない? ついでにナチュラルに思考を完璧に読まないで?」
派手派手な髪色とは真逆の絶対零度の瞳で俺を刺す柚月と口撃にボコボコにされて体操座りから抜け出せなくなった俺を見ていた詩織が、クスクスと笑みを零した。
「ふふっ、柚月ちゃんと琢磨君って仲良いですよね」
「いやいや〜それほどで———」
「やめて、馬鹿が伝染る」
「コイツ口悪っ」
いよいよ俺のメンタルが爆発四散しそうなので……俺のやられっぷりを見てずっと笑っている海人へと言葉を投げた。
「ところで我が親友よ……朗報だ。お前の愛する食べ物———パンケーキの専門店は今日だぞ」
「!? そ、それは明後日じゃなかったかな?」
流石パンケーキ愛好家こと海人。
駅から徒歩5分、我が学校から徒歩15分の新たなパンケーキの店は既にリサーチ済みだった様だ。
まぁ、パンケーキ愛好家会長の地位に就く俺には敵わないがね。
「フッフッフッ。甘い、甘いなぁ……パンケーキのように甘いぞ海人ぉ! あの店は今日からお試しで一種類だけパンケーキを販売するんだ!」
「!? な、何だって!?」
「そ、そうなのですか……!?」
「……っ!?」
俺のドヤ顔宣言に、予想通り海人と詩織、そしておまけに柚月まで食い付いた。
その様子を眺めて内心ほくそ笑む。
クククッ……まんまと掛かったなぁ!
1人だけ予想外の食い付きをしてるけど、まぁそんなことは些細なことよ。
そう、これは兼ねてから俺と柚月が計画していた———2人をくっつけるための作戦の1つ。
海人は1日3食パンケーキでもいいと公言するほどのパンケーキ馬鹿であり、詩織もパンケーキと聞けば目を輝かせる天使。
つまり———自然な感じで2人の放課後デートを作り出すことが出来るのだ。
もちろん俺と柚月は後方からこっそり跡を付けて観察する予定だ。
ただ……今回はそう上手く行きそうにない。
その理由は唯一つ———柚月がヘマをしたからだ。
予想外の食い付きを見せたせいで、2人も柚月が行きたいと思っているだろう。
そして優しい2人のことだから、きっと柚月も誘うことになり……俺達の計画は無事おじゃんとなってしまう。
またそれの証拠に、柚月がこの場に相応しくないくらいにしまったと言わんばかりの苦々しい表情を浮かべていた。おいもうちょっと隠せ。
てか苦虫を噛み潰したようなってまさにこういうことを言うんだろうね。
ま、ここは海人の親友たる俺に任せなさいな。
俺は一瞬だけ柚月に視線を送ったのち、へらりと申し訳無さそうな笑みを浮かべた。
「ねぇ琢磨、一緒に———」
「悪い、ちょっと無理っぽいわ」
「? どうしてだい?」
不思議そうに首を傾げる海人。
伊達に長く親友をやっているだけあって、俺も海人もお互いのスケジュールは基本的に把握している。
しかも嘘を付いたとて、ある程度は見抜けてしまうし見抜かれてしまう。
ふっ、ここが俺の腕の見せどころって奴よ。
「いや俺だってこんなリサーチするくらい食べたかったんだけどさ……さっきの授業で課題忘れたじゃん? それで雑用命じられたんよね」
まぁ嘘だけど。
課題は授業終わった後に『あ、やっぱりありました』って出しに行ったしな。
一応保険のつもりだったが……保険を取っておいて良かった。皆んな保険には加入しようね。
「あぁ……確かにあの先生は厳しいもんね。あれ? でも確か柚月さんも……」
狙い通り、記憶力の良い海人は俺と同じで課題を忘れた柚月の存在に気付く。
後はお膳立てされた柚月が何とかしてくれる。
「あー……そう言えば私も雑用を命じられてたわね。完全に忘れてたわ」
案の定、柚月は今思い出したと言わんばかりに違和感なく言葉を繋げる。
本来ならここで終わっても良いのだが……何か今なら口論に勝てそうなので、ここぞとばかりに追撃することにした。
「おいおい記憶力雑魚くね? ウチのばあちゃんの方が物覚え良いぞ」
「うっさいわね、はっ倒すわよ」
「ウチのばあちゃんに手ぇ出したら許さねーかんな! 今年86歳だぞ!」
「何でアンタのお婆さんに手を出すのよ! アンタに決まってるでしょうが!」
面倒になったら有耶無耶にするに限るよね。
ほら、2人とも呆気に取られてるよ。
「ま、と言うわけで……俺達は大人しくオープン初日に行くわ」
「ええ、だから2人で行ってきなさい」
「あ、うん。じゃあ詩織さん、放課後パンケーキ食べに行こう!」
おおっ、パンケーキと言うことで海人が積極的だぁー!!
これには詩織も目を丸くしてるぞーっ!!
いいぞーっ、もっとやれ!(厄介オタク)
「ふふっ、良いですよ。私も食べてみたいですしね。あと……普段は落ち着いてる海人君がこんなにはしゃいでて可愛いですから」
「…………」
クスクスと笑いながら言う詩織に、海人が何とも言えない表情を浮かべた。
まぁ海人の気持ちも分からんでもないけども。
何て2人のやりとりを眺めて、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていると、そっと2人から離れた柚月が少し沈んだ様子で横に来た。
「琢磨」
「ん?」
「……助かったわ」
「良いってことよ。パンケーキ奢りな」
俺がニカッとサムズアップして言えば……柚月がふっと笑みを溢した。
「全く……1個だけよ」
「やったぜ。1番高いの頼も」
この後のことが、少し待ち遠しくなった。
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