第7話 俺にできんのかな・・・

「再生数が1万を超えてる・・・」

湊は事務所に所属して1年程度。

ファンはわずかにはいるが、この世で歌手の湊を知っている人なんて数人だろうと思う。

ライブもたくさんのアーティストの間に少し歌わせてもらっている程度だと聞いている。

インスタやXもしていないので、知ってもらえる機会もそもそもほとんどない。

この環境で1万を超えているとは・・・

しかも自己紹介動画の方が再生数が多い。

(これは今津マジック?)

夏樹は驚きながら、動画をクリックした。


「う、嘘だろ・・」


再生された動画は、湊に夏樹がつっこみを入れているシーンも含め、あの地獄の動画がほぼノーカットで載っている。

ただテロップでのつっこみやBGMや効果音で面白く編集されている。

コメントを見ると、イケメンで天然というのは女子にウケがいいようだ。

そしてなぜ再生数が1本目から良かったのかもわかった。


“園田ありさちゃんがインスタライブで事務所の後輩の動画の話をしていたから見に来ました”とありさのファンからコメントがついていた。

(さすが、今津先輩。でも―)

パソコン画面から「どこがだよ!!」とつっこむ自分の声が響き渡る。

「恥ず・・・」

静かに夏樹はパソコンを閉じると、再びベッドで横になった。


折角つかんだこの勢いを逃すわけにはいかないと、早速インスタ、Xも続けて開設することにした。

もちろん、上げる写真を撮るために何時間も格闘することになったが、なんとかスタートは切れた。

湊も最初は嫌々だったが、再生数が1万を超えていると知って、少しやる気になったらしく、協力的になった。


「おい、夏樹」

今津に呼ばれて近くまで行くと、今津はジャケットを着て出かけるところのようだ。

「はい、なんでしょうか」

「営業に行くから付いてこい。湊の資料も持って来いよ、一緒に売り込むから」

どうやらいよいよ本格的に売り込んでいくらしい。


(営業-)

夏樹は、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

湊の資料を鞄に入れて、鞄の持ち手を掴む。

鼓動が早くなっていくのがわかる。


“お前のせいだ―”


「なっちゃん、大丈夫?」

顔を上げると、塚口が心配そうな顔でこちらを見ている。

「なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

「あ、あぁ。ちょっと貧血かな」

「おい!小林、行くぞ」

事務所の入り口から今津が呼んでいる。

「行ってくる」

夏樹は塚口にそういうと、今津の後を追いかけた。


「疲れた・・・」

事務所に帰ると、夏樹は席でうなだれた。

「なっちゃん、体調悪そうだったもんね~」

「まぁそれは・・大丈夫だったんだけど」

営業は今津が主体で園田以外に抱えている担当のタレントを売り込みつつ、ついでに湊と夏樹を担当者に紹介しているという感じでとりあえず一緒に回っているだけだった。

相手と話すのも挨拶程度で、あとは今津が営業しているのを聞いているだけだ。


「俺にできんのかな・・・」

夏樹は小さくつぶやいた。


仕事が向こうから来ない以上、こちらから売り込むしかない。

営業は避けて通れない道だ。

それがわかっていても、営業に行く気にはなれない。


そんなことを考えていると、夏樹のスマホが震えた。

スマホの通知を見ると、“みなと”と表記されている。

通知を開くと、“インスタ開いたらなんかいっぱいフォローって出るが、これは何だ?俺の友人か?”と書いてある。

(おじいちゃんかよ・・・)

でも少し気持ちが和らいだ。

夏樹は、バカ丁寧にフォローについて説明して、スマホを閉じた。


明日は、湊のライブの日だ。

SNSで広報しなければならない。

夏樹は、姿勢を正して、パソコンに向き合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る