第6話 顔、死んでるよ?
「顔、死んでるよ?」
塚口に言われて、夏樹は自分の顔を鏡で見た。
目の下にはくっきりクマがある。
塚口は手を洗いながら、鼻歌を歌っている。
営業の成果が実り、担当のタレントが今度地元の番組に出ることになったらしく、珍しく社長に褒められたからだ。
(羨ましい…。それに比べてうちのは…)
「まずは自己紹介の動画撮って、その後は歌ってみたでもやりますか」
夏樹が提案すると、湊が「わかった」と素直に返事をしてくれた。
契約解除と言われたのが響いているのかもしれない。
湊が全くSNSを知らないので、まずはお手本をみようと、他の芸能人の自己紹介動画を見たが、湊の顔色が悪くなっていくのがわかる。
「カメラに向かって、一人で喋るのか?」
「グループ活動してる人以外は基本一人で話すスタイルが多いよ」
「…マジか」
どう考えても湊が一人でペラペラ喋るタイプではないのはわかる。
「じゃあインタビュー形式で僕が質問することに答えるとかどう?」
夏樹が提案すると湊は目を一瞬輝かせたが、それを誤魔化すように目を伏せた。
「…やってみるか」
ここからが地獄だった。
「じゃあ始めるよ。リラックスして、何か合っても編集も出来るんだから」
「わ、わかってるよ」
明らかに湊の表情が固まってきている。
湊は椅子に座って、手をぐっと握って、膝の上に置いている。
嫌な予感しかしないが、とりあえず撮影して、編集でなんとかすればいい。
夏樹は録画ボタンを押して、湊にしゃべるようにサインを出す。
「きぃ、今日からYouTubeをはぁじめることになった、ナカツミナトデス」
どこの国からきた外国人かというほどの片言と発音、緊張で裏返る声に夏樹は頭が痛くなった。
「お、俺?ぼ、僕?は、かかかかか、歌手です」
「いやいやいや、一旦ストップ!」
夏樹は思わず、撮影を止めた。
「な、なんだよ」
「なんでそんな緊張してるの?自然に普通に話したらいいんだよ?さっきも言ったけど、編集するんだから失敗とかもないし」
「別にいつも通りだろうが」
「どこがだよ!!」
結局この日は4時間やっても片言の外国人しか撮影できなかった。
翌日にはアップしようと考えていたので、なんとか編集しようと試行錯誤していたら夜が明けてしまったのだ。
「それは・・大変だったね。まぁ中津君は、カメラ苦手だからね~」
塚口は鏡を見ながら髪の毛を整えている。
「え?苦手?」
「なんか昔あったせいで、カメラ向けられると緊張しちゃうらしいよ~」
「あの人、歌手なんだよね?カメラ無理って問題なんじゃ・・・」
塚口が同情するように首を軽く横に振った。
「あのルックスで歌上手いのに売れないのはその辺が理由だよね。あのHPの写真も100枚以上撮ってやっと見つけた奇跡の1枚だよ~」
夏樹は頭を抱えた。
「このままじゃ仕事も家族も失う・・・」
母の怒りの形相がフラッシュバックした。
ここで諦めるわけにはいかない。
こういう時はほうれんそうだ。
「どんな感じなんだ?」
夏樹は今津に報告し、相談をすることにした。
今津は早速録画データを見たいとのことだったので、撮影したデータを見せた。
最後録画を切り忘れて、夏樹と湊のしょうもないやり取りも録画されている。
「・・・ふーん、いいんじゃん」
今津が珍しく少し笑っている。
「これがですか?」
「本当は手伝う気はないが、お前もまだ新人だし、先輩のよしみで、これを編集して、youtubeにアップまでしておいてやるよ」
今津の笑顔がにやりという顔に変わった。
ちなみに自己紹介動画は地獄だったが、歌ってみたの動画撮影は順調だった。
やはり、歌が上手い。
様々なアーティストの曲をカバーしていく。
そのアーティストの良さも残しつつ、湊らしさも感じられるように自然と歌っている。
本当に歌の才能があるのだなと夏樹は感心した。
そしてその後、夏樹と湊でどれをyoutubeに上げるか選んでアップロードした。
投稿は、今日の20:00を予定だ。
本当は自己紹介動画をあげて、翌日に歌ってみたを上げようかと思ったのだが、あのヒドイ自己紹介動画だけあげれば、ただの変な人で終わってしまう。
なので、歌ってみたも同時にあげることにしたのだ。
(それにしても自己紹介動画ってどうなったんだろ?)
今津にも投稿時間を伝えたら、「おぅ」とだけ返事があったから問題なく編集できているのだろう。
あのヒドイ動画を今津ならいいものに仕上げられるのだろうか。
夏樹はドキドキしながら、20:00を待った。
ふと夏樹が目を開けると、時計が2:00を指している。
昨日あまり寝てないせいで、気づいたら倒れるように寝てしまったらしい。
慌ててyoutubeを開く。
投稿はちゃんとされているようだ。
タイトルも出ている。
そのタイトルをクリックして、再生してみようとした時に気づいた。
「・・・え?」
夏樹は再生数を見て、目を丸くした。
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