第5話 ついに始まった。

(どうしてこうなったんだろう)

夏樹は、心の中で何度も思った。

夏樹の前にはかなり不機嫌そうな顔をした湊が座っている。

相変わらずの貧乏ゆすりで机がわずかに揺れている。

「あの、まず今後の方針なんですけど・・・」

夏樹がそういうと、「それより、俺の服・・・そんな変か?」湊が不服そうにつぶやいた。

「変とかではないです。それはそれでそういうジャンルの服装があることもわかります。ただ似合う服とか売れるイメージとかそういうのとは違うって話で」

「わかったような口ききやがって・・・」

「あ、すいません・・」

無言の時が流れる。

(気まずくて仕方ない・・・)

夏樹がため息をつくと、バンっと会議室のドアが開いて仁川が入ってきた。

「服、買うてこい」

「ふ、服?」

「お前が言ったんだろ?服を変えた方が売れると」

「そ、それはそうですけど」

「俺は、この服の感じが気に入ってんだよ!」

湊も慌てて会話に参戦してきた。

「それはプライベート出来ればいいだろ、社会にでたらスーツや制服を着ることは当たり前にあることだ。お前も制服と思って、仕事中はこだわりを捨てろ」

「こだわり捨てるなんて!」

「こだわりたきゃ売れることだな。売れもしねぇやつがこだわってんじゃねぇ」

仁川がそういうと、湊はぐうの音も出ない。

「まずは服を買って、あとはSNSを使って顔を売る、これがまずは課題だな。頑張れよ」

仁川が颯爽と会議室から出ていった。神崎川の「服の代金はどこから出すんですか!?」と声を上げているのが聞こえたが、扉が閉まって静かになった。

また無言の時が流れた。

そして再び扉が開いて、仁川が顔を出した。

「大事なこと言い忘れた。夏樹、お前は今日から契約社員だが、湊をしっかり売ることが出来たら正社員にする。逆にそうだな、半年やって全く変化がなかったら、アルバイトに戻すかクビな。あと、湊も同じだ。半年やって全く変化がなかったら、契約解除ってことでよろしく」

また神崎川の「勝手なことばかり言わないで!」という怒りの声が聞こえ、扉が閉まって静かになった。

「・・・あの、服買いに行きましょうか」

湊は静かに頷いた。


湊は顔もスタイルもいいので、服装を変えれば簡単に垢抜けると思ってはいたが予想以上だった。

本人がかちっとしすぎるのは嫌だというので、白のパーカーに黒のジャケット、黒のパンツに流行りのスニーカーを履かせてみた。お高めのブランドでとも思ったが、神崎川の怒りの声が聞こえて、安めのアパレルブランドで全て買い揃えた。

ただ効果は抜群で、服装をかえただけで、街の女の子が「あの人かっこいい」と言っているのが聞こえる。

「・・・むかつくな」

「え?いいじゃないですか。人気上がりそうだし」

自分の予想が当たって、夏樹は気分がいい。

「お前の言う通りになるのがむかつくんだよ」

「えー・・・」

湊が先に歩いていく。

「ついでに髪形も変えますか」

近くの安めの美容院に入ると、金髪を紺色の髪にしてもらった。

夏樹としては黒にしたかったが、絶対イヤだという湊と話し合った結果、紺色で落ち着いたのだ。

童顔の中性的な顔立ちによく似合っている。

「これで髪形と服装はよさそうですね」

夏樹がそういうと不満げな顔で「おう」と湊が返事をした。

最初は嫌がっていたが、明らかに周りの反応がいいので、湊も認めざる負えなくなったようだ。

「じゃあ次はSNSをどう活用するかですね」


ファミレスに入り、晩御飯を食べながら作戦会議をすることになった。

「あのさ、敬語やめてくれよ。なんか俺だけタメ口だと偉そうに聞こえるしさ」

「あ、はい。いや、うん」

「で、SNSって何?」

「知らないの?!20代でしょ?」

「う、うるせぇ。俺はそんなチャラい男じゃないんだ」

湊は恥ずかしかったのか耳まで赤くなっている。

「いやいやいや、今時SNS使うのは当たり前でしょ。むしろ、チャラ男じゃなくてじいさんっていうか、じいさんも今は使える人もいるから、もはや化石・・・」

言い過ぎたかと思って夏樹が湊を見ると、顔には眉間に深くしわが入り、貧乏ゆすりが始まっている。

「ま、まぁね、そういう人もいるかもしれないですけどね。ただ今は使える人も多いので、SNSは活用していきましょう、ね?」

湊は小さい声で「おぅ」と不服そうに返事をした。


これは大変な道のりになりそうだと今日だけで何回ついたかわからないため息を夏樹はついた。

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