第4話 マネージャーになった日
全ての仕事が終わって、家に帰ると23時になっていた。
ありさの仕事は中津の予想通り20時には終わったのだが、事務所に戻って事務処理をして・・・となると、この時間だ。
本当にぐったりだ。
夏樹は、久々にご飯も食べず、風呂も入らずに気づいたら寝ていた。
翌朝、完全に疲れが癒えておらず、「出勤したくない」と母に言うと、「この家族から退職してもらってもいいのよ、退職金は出ないけど」と口元は笑っているのに、目の奥が怒りに満ちているという最悪の笑顔で、家から送り出された。
事務所に着くと、すでに中津は仕事に取り組んでいる。
「おはよう!昨日はごめんね」
塚口はすっかり元気になったようだ。
夏樹は「いえいえ」と言って、机に荷物を置いて席に着いた。
今日は何をするんだろうと、今津に声をかけようとすると、事務所に若い男が入ってきた。
男は、金髪にピアス、服は様々な色でチェックが引かれ、GO TO HEVENと大きく背中に書かれた派手すぎるパーカーに、ダメージジーンズというよりボロ布のようなジーパンを履いている。
ただ顔は小顔で綺麗な瞳、可愛らしい口元をしていて、童顔で中性的な顔のイケメンだ。
「湊くん、どうしたの?」
塚口が声をかけると、湊は不機嫌そうに「社長に呼ばれた」と言った。
「また何かやったの?!言ったじゃん、もう」
「何もしてねぇよ」
「社長室なら自分でわかるだろ?早く行ってこい」
今津はそちらを見ることなく、そういうと「出てくる」と事務所を出ていった。
湊は舌打ちすると、社長室へ入っていった。
(完全にヤンキーだ・・・)
「あの人は?」
「あぁ、あの人は、
「ふーん、そうなんだ」
夏樹は事務所の資料を開いた。
まだ所属タレントを全員覚えきれてはいない。
タレントは10名ほど所属しているが、新人が多く、売れているのは園田ありさだけ。
アーティストの欄に、湊を見つけた。
「この人か」
「その写真かっこいいでしょ?俺が撮ったんだよね~」
「プロがやるんじゃないの?」
「そんなお金ないよ、うちは。メイクも神崎川さんがやってるしね」
マネージャー業は、今津、塚口と社長である仁川もやっている。神崎川も現場に行ったり、営業はしないが、マネージャーが付くほどでもない新人のスケジューリングなども行っている。
塚口の話だと他にも社員はいたそうだが、ハードな仕事で辞めてしまったらしい。
「大変だね、マネージャーって」
「そうだよ~人手が足りないから、なっちゃんが呼ばれたんじゃん」
仁川のおじさんからしたら渡りに船ってことか、と夏樹がため息をつくと、社長室から「夏樹!ちょっと来てくれ!」と呼ばれた。
(嫌な予感するなぁ・・・)
夏樹が社長室に入ると、中津がキッと睨みつけてくる。
「まぁこっち座れ」
仁川の横に座り、中津と向かい合わせになる。
「こいつ、中津湊。歌をちょっと聞いてみてくれ」
「歌?」
こっちの言葉を無視してスマホを操作して音楽を流す。
軽快なテンポで、夏をイメージさせるようなメロディ。
一組の男女の可愛らしいひと夏の恋模様が歌詞になっていて、湊の綺麗な歌声がマッチしている。
夏樹の想像をはるかに超える歌の上手さだ。
久々に音楽で心が動かされる感覚になった。
「どうだ?」
「俺はこの曲好きです」
夏樹がはっきり答えると、嬉しかったのか湊が口元が少し微笑んでいる。
「そうか。俺もそう思う。でもこいつは売れてない、なぜだと思う?」
仁川に聞かれて言葉につまる。
完全に試されている。
湊もずばり言われて腹が立っているのか、貧乏ゆすりがすごい。
「・・・そもそも知られてないから?」
「ほぅ」
「どれだけ素晴らしい曲でも誰も知らなければ売れることはない・・のかなって」
「じゃあ、知られるにはどうしたらいいと思う?」
「今ならやっぱりSNSなどのコンテンツで顔をうるとかですかね・・?」
「そうだな。他にこいつの直すべきところはどこだと思う?」
「あの、これは俺、いや、僕の好みの問題かもしれないんですが、中津さんの顔はどちらかというと童顔で中性的なので、王子様タイプの顔かなって。なので、派手髪より黒髪の方がいいし、その派手なパーカーよりジャケットとかカチッとした服の方が・・いいのかな~なんて・・・」
湊の眉間のしわがより一層深くなっている。
間に机がなかったら殴られているような気がする。
「よし、夏樹。お前は今日から湊の担当マネージャーになれ」
「え?」
「は?」
夏樹と湊の声が同時に出る。
「いや、ちょっと待ってください。僕バイトですし」
「バイトはまずいか、じゃあ契約社員にしてやるよ」
「おい!こんな入社したての奴に俺のマネージャーさせる気か」
「そうですよ、まだ仕事のこともわからないですし、僕なんかが」
「うるせぇ!」
ドンと仁川が机を叩いた。
「夏樹、文句があるなら会社辞めてもいいんだぞ?湊、お前もだ」
仁川の迫力に、二人とも押し黙ってしまう。
黙っていると、了承したとみなしたのか、「まぁ俺もサポートするから、頑張れよ」と仁川は豪快に笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます