第39話 文化祭 その4

大輔と結衣が教室に入ると、文化祭の装飾が視界に広がり、賑やかな雰囲気に包まれた。梨香は大輔に気づくと、にっこりと微笑みながら、彼のそばへと小走りで近づいてきた。そして、さりげなく彼の袖を引っ張り立ち止まらせる。


「先輩、ちょっといいですか?」


結衣が聞こえる距離にいることを確認すると、梨香はさらに大輔に一歩近づき、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、大きめの声で話しかけた。


「さっきのクレープ、すっごく美味しかったですよね〜!それに、先輩と一緒だったから、楽しかったなぁ!」


梨香の言葉が結衣にも聞こえるように放たれると、大輔は驚いた表情を見せつつも、特に深い意味は考えずに「うん、美味しかったね」と頷いた。けれど、その後すぐに結衣の方をちらっと見てしまい、ふと彼女の表情が微妙に強張ったことに気づく。


(え、結衣さん、今ちょっと…ムッとしてた?いや、気のせい…だよね?)


「それに、先輩が一緒だったから、余計に楽しかったです!」と、梨香がさらに甘い声でアピールすると、結衣は一瞬だけ眉をひそめ、少し視線をそらしてみせた。


「…へぇ、クレープかぁ。美味しかった? 大輔君。」


「う、うん。まあ、すごく美味しかったかな。じゃあ…後で一緒に行こうか?」


その提案に、結衣の表情が少しだけ明るくなり、さりげなく「うん、行こっか」と頷いた。


葵のクラスメイトたちは、大輔を見てヒソヒソ話している。


「葵ちゃんのお兄さん、今度は浅見先輩と一緒にいるんだけど。」


「マジ? どうゆうこと?」


「わかんない。わかんない。美女で有名な浅見先輩といるなんて。梨香に聞いてみる?」


「バカ。今から様子を見ておこうよ。ただの友達かもしんないじゃん」



そんな微妙な空気の中、視線の先には射的コーナーが見えてきた。結衣と梨香は、目が合った瞬間、ニヤリと笑う。



(えっ、ちょ…なんか二人とも笑ってるんだけど、なんか怖い!)


大輔が恐る恐る葵の方を見ると、葵は目をキラキラさせて盛り上がっている。


(え〜!? どうして葵だけあんなに楽しそうなんだよ!?)


射的の順番が回ってくると、梨香が「私が先に当てる!」と宣言し、大輔を振り返ってニヤリと笑みを浮かべた。


「先輩、もし私が景品をゲットしたら…ご褒美、くださいね?」


梨香は少し上目遣いで、大輔に甘えるように見つめる。大輔は、あまりの挑発に少しドギマギしつつ返事をためらう。


「えっ、あ、うん…な、何か考えるよ。」


焦りながら答えたその瞬間、結衣がすかさず間に入るように口を挟む。


「じゃあ、私が先に取れたら、大輔君にもっと素敵なお願いをしちゃう!」


涼しげな笑顔でさらっと言い放つ結衣。その瞬間、大輔は背後に「冷たい風」を感じた。


二人の間にはピリピリとした空気が漂い、無言の火花が見えるような気がする。


(ま、待って…これってどういう状況!? 緊張感がヤバくて、二人の後ろに鬼のオーラが見える…!)


大輔はその場で固まってしまい、額にはじっとりと冷や汗が滲んだ。


梨香が最初に挑戦すると、彼女の目は真剣そのもの。大輔をちらりと見てから、的に向かって「どうだっ!」と気合を込めて矢を放つ。しかし、かろうじて的の端に当たるだけだった。


「ふふ、惜しかったね、梨香。」結衣が微笑む。


「次は絶対に当ててみせますからね…結衣姉!」


その一言に、自分でも驚いたような表情を浮かべた梨香。小さい頃に戻ったように思わず「結衣姉」と呼んでしまった自分に、少し照れたように笑ってみせた。


「ふふ、昔みたいに呼んでくれて嬉しいわ。でも負けないわよ、梨香!」


今度は結衣の番。大輔の視線を意識しているのか、矢を放つ彼女の手が一瞬だけ震えたが、すぐに冷静さを取り戻し、的に向かって慎重に狙いを定める。


「…当たれ!」と矢を放つと、それは的の中心に見事に命中した。


「やった!」と結衣が満面の笑みでガッツポーズを決めると、梨香は少し悔しそうに唇を噛みしめる。


「やっぱり結衣姉には敵わないなぁ」


梨香は照れたように明るく笑った。



結衣は微笑み、大輔に視線を向ける。その瞳には、どこか挑戦的な色が宿っていた。


「大輔君、私が勝ったから…約束通り、お願いを聞いてくれる?」


「あ、うん…もちろん、なんでも聞くよ。」


「じゃあ、また考えておくからね。だ・い・す・け君」


彼女が少し意地悪そうに名前を区切ると、大輔は思わず背筋が伸びた。


「は、はい。お手柔らかに…お願いします。」


少し離れたところで二人のやり取りを見守っていた葵は、目をキラキラ輝かせながら、まるで観客のようにエキサイトしている。


(結衣さん、おにいに何をお願いするつもりなの〜?もう楽しみすぎ!)


文化祭の賑わいに包まれながら、距離を縮める二人と、それを見守る葵の心情が入り混じり、教室は特別な雰囲気に包まれていた。


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