第38話 文化祭その3

 文化祭の賑やかな音楽と喧騒が校庭中に響きわたる中、大輔は梨香と楽しい時間を過ごした後、次の仕事のために教室へ戻ることにした。




 梨香は少し寂しげに手を振り、見送る。




「先輩、今日はありがとう。…すごく楽しかった!」




 その言葉が、なぜか大輔の胸にじんわりと響いた。




(なんでだろう、梨香さんのあの寂しそうな顔…)












 教室の扉を開けると、待ってましたとばかりに尾上みゆき、松本明里、そして飯田咲希が勢いよく彼を囲んだ。




「大輔君、おかえり!どうだった? 妹とデート楽しめた?」




 みゆきが茶目っ気たっぷりに笑いながら問いかける。




「え、えっと…まぁ、それなりに楽しかったよ。」




 大輔は照れくさそうに答え、視線をそらした。しかし、その瞬間、みゆきが彼の腕をしっかりと掴んだ。




「じゃあ、次は結衣と回ってきなさい!」




 みゆきが大輔に勢いよく宣言し、咲希と明里も笑顔で彼を取り囲む。




「え、でも僕はカフェの当番が…」




「当番は、明里が手伝ってくれるっていうから大丈夫。今回は、結衣と大輔君に、カフェの宣伝をしてもらいます!」




 明里が楽しそうに言い、段ボールで作った「カフェ宣伝ボード」を大輔の首に掛けた。




「これでカフェの宣伝もしっかり頼むわよ!」




 咲希が大輔の背中を軽く押す。




「う、うん。分かったよ…」




「じゃあ、結衣と行ってらっしゃい!」




 みゆきが笑顔で送り出し、結衣が少し照れながら大輔の隣に立った。




 二人は校内を歩きながら、あちこちのブースで声をかけ、文化祭の熱気に包まれた。笑顔が絶えない校庭の様子に、自然と会話も弾む。そんな中、二人はふと「タロット占い」の看板を見つけた。




「大輔君、占いやってみようよ!」




「え、占い?まあ、たまにはこういうのも面白いかもね。」




 大輔は少し照れくさそうに微笑んで、結衣と一緒に占い師の前に座った。




 タロットカードが並べられると、占い師は意味深な微笑みを浮かべながらカードをひとつひとつめくっていく。




「あなたたちの相性は…… とても良いですね。お互いを補い合う、理想的なパートナーシップです。」




 その言葉に、結衣は一瞬驚いたような顔をしてから、大輔の顔を見上げてにっこりと微笑んだ。




「へぇ、そうなんだ。大輔君、どう思う?」




「え、えっと…悪くないかな。相性が良いって言われるのは嬉しいかも…」




 大輔は顔を赤らめ、視線をそらす。


(相性良いんだ… なんか嬉しいな!!)


 その後、二人は校内の一角に作られた「お化け屋敷」の前に立った。入り口は薄暗く、風で揺れるカーテンが不気味に影を作り出している。結衣は少し怯えた様子で顔をしかめ、じっと入口を見つめていた。


「やっぱり…怖そうだね…」


「う、うん。結衣さん、無理に入らなくても良いんじゃないかな?」


「で、でも…せっかくだし…。大輔君が一緒なら、なんとかなるかも、って…」


 彼女の不安げな表情に、大輔は少し悩みながらも提案した。


「わ、わかった。じゃあ…嫌じゃなければ、手を繋いで行く?」


「えっ…!? う、うん…むしろ…嬉しい、かも…」


 結衣は少し照れくさそうに俯きながらも、手を差し出してきた。大輔がそっとその手を握ると、結衣もぎゅっと握り返し、二人の緊張が伝わり合う。


 暗闇の中、突然飛び出してくるお化けや、あちこちから聞こえる叫び声に、結衣は「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げ、何度も大輔の腕にしがみついた。彼女の震える手に触れるたび、大輔の心臓は早鐘のように打ち、冷静を装うのが精一杯だった。


「ちょ、ちょっと、結衣さん、怖がりすぎじゃない?」


「だ、だって…本当に怖いんだもん!」


 結衣は必死に大輔の袖を握りしめ、頼りにするような瞳で見つめてきた。その視線には安心だけでなく、何か特別な思いがちらつくようだった。


(や、やばい…こんなに近いなんて、心臓がもたないよ…!)


 お化け屋敷の最後の部屋では、突然の大音量と共に、目の前に大きなお化けが現れた。その瞬間、結衣は思わず大輔の胸に飛び込み、顔を彼の肩に埋めた。


「わぁっ!こ、怖すぎる…!」


 小声で呟く結衣の温もりが伝わってきて、大輔はドキッとしながらも、そっと彼女を抱き寄せた。


「大丈夫だよ、結衣さん。もうすぐ外だし、僕が一緒にいるから。」


 優しく安心させるように微笑むと、結衣はふっと安堵したように息をついた。


 外に出た瞬間、結衣はようやく怖さから解放され、大輔の腕からそっと離れた。しかし、彼女の顔は赤く染まり、どこか照れくさそうに彼を見つめていた。


「ご、ごめんね。あまりにも怖くて、つい…大輔君にしがみついちゃった。」


「べ、別に気にしないで。むしろ…僕は、嬉しかったかも。」


「えっ?」結衣が驚き、さらに顔を赤らめる。


 二人は照れくさそうに視線を逸らしながら、もう一度お互いに向き合って微笑んだ。


「…も、もう!そういうの、恥ずかしいから言わないでよ!」


「ご、ごめん!」と大輔が慌てて手を振ると、結衣はプッと笑いをこぼし、お化け屋敷の緊張感が少しだけ和らいだ。


 二人の間には、微妙な距離感があったが、その距離は確実に縮まっているように感じられた。

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