第10話 おでかけ その1

 次の日、毎日ある数学の授業準備を、大輔は浅見さんと一緒にしていた。




「浅見さん。じゃあ僕は、黒板を綺麗にしておくから、プロジェクタの準備をお願い。」




 大輔が自然に話しかけると、結衣はちょっと意地悪したくなった。彼の耳元にそっと近づき、小さな声で囁く。




「わかったよ。し・ろ・や・ま・くん」




 大輔はその瞬間、彼女の甘い香りと耳元の囁きに驚き、心臓がドキリと跳ね上がった。思わず右耳を押さえ、顔を真っ赤にして言い返す。




「もお、浅見さん! びっくりするじゃん!」




 結衣は楽しそうに微笑みながら、「ふふふ。ごめんね、城山君。」と返す。




「ちょっと、浅見さんもやられたらわかるよ! もお〜!」




 そう言いながら、大輔は結衣の耳元へそっと近づき、同じように囁いた。




「プロジェクタ、よろしくね。あ・さ・み・さ・ん」




 予想していなかったその行動に、結衣は驚き、思わず顔を真っ赤にして耳元を押さえた。




「もぉ〜、城山君たら…!」




 大輔は笑顔で、「はは、お返しだよ〜」と軽く返す。




「「あははは!」」




 2人は同時に笑い出し、その場の空気が一気に和んだ。




「結衣、どうしたの〜?」と、笑い出した友人の様子に気づいた咲希が問いかけた。




「あぁ、城山君と数学の係の話をしてただけだよ。」




「ふ〜ん、それにしては、ずいぶん楽しそうにしてたね〜。最近、城山君と仲良しなんじゃない?」




 結衣は一瞬顔を赤らめて、慌てて否定する。「そ、そんなことないって!ただ、教科委員だから一緒にいる時間が多いだけだよ!」




 咲希はニヤリとしながら、「へぇ〜、でも『一緒にいる時間が多い』ってことは…気になってるんじゃないの?」




「違うよ!咲希、からかわないでよ!」




 結衣が軽く肩を叩くと、咲希は笑いをこらえきれずにクスクス笑い続けた。「いや〜、でも本当に楽しそうだし、私の目はごまかせないよ〜。」




 結衣は少し照れくさそうに、「もう、咲希ったら…。本当に数学の話をしてただけだから!」と必死に説明するが、咲希はさらに追い打ちをかける。




「はいはい、じゃあこれからも『数学の話』たくさんしてね〜、結衣ちゃん。」




 結衣は「もぉ〜!」と頬を膨らませたが、その反応を見た咲希はますます楽しそうに笑い続けていた。






 放課後になり、葵をあまり待たせると悪いので、すぐに下駄箱へ向かう。まだ、葵は来ていないようで、下駄箱で待つことにした。




「大輔せんぱ〜い!」




 大きく手を振りながら梨香が近づいてくる。




「あぁ、夏川さん。こんにちは。」




「……」




「夏川さん?」




「……」




「梨香さん?」




「はい!! 大輔先輩!」




 やっぱり名前呼びだったか。本当に難易度高いんだよ。女の子とちゃんと話したことなんてほとんどないんだから。




「で、大輔先輩はどうしたんですか?こんなところで?」




「あぁ、葵を待っているんだよ。」




「葵ちゃんを? そうなんですね。てっきり、彼女さんを待っているのかと!」




 !? 


「はぁ〜?? 梨香さん。そんなのあるわけないじゃない。人生で一度も彼女なんていたことないよ。」




 友達もいたことない、って言えない。ほんと自虐ネタになってるな…。とほほ…。




「へぇ〜。じゃあ、先輩は彼女さんいないんですね。」




「あ、うん。もちろん。」




「ところで、今日は葵ちゃんとどこに行くんですか?」




「あぁ、駅の方へ一緒に買い物に行くことになってるんだ。」




 …さすがに、あなたの家へ着ていく服がないから買いに行きます。なんて言えないよな。




「へぇ〜、私も一緒に行ってもいいですか?」




「ご、ごめん。今日は父親の必要なものを買い揃える予定だから、2人で行くことになってる。また、今度にしよう?」




「えっ? 今度一緒に行ってくれるんですか? 行きたいです!」




「あぁ、うん。今日じゃなければいつでも良いよ。」




「じゃあ、せっかくだから明日はどうですか?」




「別に僕は良いけど、葵にも確認して、葵から返事させるね。」




 梨香は少し顔を赤らめて、小さな声で呟いた。




「本当は…先輩と2人っきりで行きたかったな…」




「え? ごめん、小さくて聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」




「わかりましたって言ったんです。もう、本当に大輔先輩は…。」梨香は少し拗ねたように笑った。そして、「じゃあ、これで失礼しますね。葵ちゃんから返事待ってますから、忘れないでくださいよ!」と言い、手を振りながら去っていった。

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