第31話

「暗くなりましたね。晩御飯、どうしよう」


 電車の窓の外を見て、暗くなった空に晩御飯をどうしようかと溢す。


 満員電車とまではいかないが、行きよりも人が多い車内。


 やっとの思いで座れたボックスシートは、前にカップルが座っていてなんだか気まずい。


 早乙女さんと隣同士、きっと私たちもカップルに見えているのだろう。


 投げかけた訳でもない、独り言のような一言に、少し恥ずかしさを覚えていると、そっと渡される片方のイヤホン。


「少しは周りの音、マシになるから」


「…ありがとうございます」


 なぜかムスッとした表情の早乙女さん。


 よく見ると、目の前のカップルが人目も気にせずにベタベタして、はしゃぐ声もうるさかった。


 高校時代に電車通学をしていたせいか、慣れた光景に何も思わなかったが、確かに気にする人からすれば嫌な環境だろう。


 早乙女さんに渡されたイヤホンをありがたく受け取り、耳にそっとはめる。


「ジャズ?」


「好きなんだよね。落ち着くから」


 流れていたのはジャズで、意外だと驚いていると、嫌なら聴かなくていいとイヤホンを取られそうになり、聞きますと奪い返して再度音に耳を傾ける。


「アコースティックギター、実は弾いてたんですよね、私」


「え、そうなの?俺、買ったけど弾けなくて置きっぱなし」


「もったいないです。今度教えこんでやりますよ」


「ありがたい申し出だけど、その表情ムカつく」


フッと笑って見せれば、ムカつくと悪態を吐かれて笑ってしまう。


ジャズを聴きながら、私たちはお互いに何かを話すことはなく、ただ電車に揺られていた。

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