第27話

突然のデートという発言に、飲もうとしていたコーヒーの手が止まる。


 早乙女さんを見れば、仕事に集中していてこちらを気にする素振りもない。


 「あの、デートって一体」


 「変な意味はないんだ。瑠威の次の新作が恋愛小説でさ、中高生向けの甘いラブストーリを描いてもらいたいんだけど、何せうちの先生恋愛未経験なものでしてね。せめてデートだけでも実際に経験してもらえたら、作品にもっと臨場感が出るんじゃないかと思ったのよ」


 渋めのマグカップを手に取り、ゆらゆらとコーヒーを揺らす根神さんは、最近私と早乙女さんの距離が縮まったことを知り、そのデート体験を私に協力して欲しいと思い声を掛けてくれたのだと言う。


 私自身も恋愛経験は豊富ではないし、中高生が好むようなデートスポットも知らない。


 力になりたいのは本心だが、もっと他に適役がいるのではと思ってしまう。例えば、桃とか。


 「声を掛けてくれたのは嬉しいんですけど、私も恋愛経験は多い方では無くて。妹の桃がそういうの詳しいと思うんですけど、桃にお願いしてみてもいいですか?」


 桃ならきっと、執筆にいい刺激を与えてくれるだろう。そう思い提案したのだが、それを制したのは根神さんではなく仕事中の早乙女さんだった。


 「俺、女の人があまり得意じゃないって知ってるよね」


 「知ってますけど…」


 「鳴無さんが断るなら、俺他の人にはお願いしない。根神さん、企画は断っておいてよ」


 何故か急にイライラし始めた早乙女さんは、眉間に皺を寄せて早口でそう言うと、拗ねたようにパソコンに向かい直す。


 困った顔になる根神さんが、どうしても無理だろうかと私に頭を下げ、悩みに悩んだ結果、


 「…力不足だとは思いますが、私でよければよろしくお願いします」


 承諾することになった。


 「じゃあ次の日曜日、ここ行こう」


 私がデートを受けたことで機嫌を直した早乙女さんは、目をキラキラさせながら2枚のチケットを差し出してきた。


 「動物園?」


 用意されていた入場券にもビックリしたが、嬉しそうな早乙女さんの表情にもまた、驚かされたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る