最終話 春が来る
ぱり、ぱり、と美しい破片が錦の布団の上に散る。
丸々と肥えた珠の五色に輝く表面には、無数の
細かく走るそれらは、複雑で美しい文様を織り成していた。
珠へ耳を寄せると、内側からかりかりと引っ掻く音が聴こえる。
珠の中の子が、生まれてこようとがんばっている証の音だ。
「もうそろそろか」
彼は今日は早々に仕事を投げ出して、
普段ならサボりに厳しい
もうずっと子供のために用意した部屋に籠もっているが、仕事を持って追いかけてくる家臣は現れていない。
「うん、さっきから罅が目に見えて大きくなっているからな」
「ああ、確かにこの辺りはかなり裂けてきたな」
「ほんとだ。あ、ここ見てみろ、大きな破片が剥がれそうだ」
「すごいな、これなら生まれてくるのも早いんじゃないか?」
珠を前に、二人は止めどなく語り合う。
初めての我が子の誕生を前に、いつになくどちらも興奮していた。
経緯はどうあれ、
妻に甘い
結果として
それだけでも
中原との取引を失敗したせいで、龍珠の実在を周辺一帯の欲深い者たちに教えてしまったのだ。
あの都市には龍珠がある、侵略してしまえば思いのまま手に入る。
そんな噂が駆け巡り、欲に満ちた者たちがあの手この手で
珠の原産地である
直接攻める度胸はないが、
占領して傀儡にしてしまえば、龍珠を独占できるかもしれない。
そう目論む輩が大量に発生したのだ。
積極的に助けを求めることができないまま周辺の勢力に翻弄された末、
せめてもの救いは、
彼らを纏める単于の世嗣が、
そうした後始末が一通り終わったころ、
汚されかけた身を丁寧に
その末のことだった。
今まで産み落としたどの珠よりも大きく、仄かな燐光を発するそれは、誰もが待ち望んでいたもの。
つまり、
同性の番いは、その身に子を宿す宮がない。
だから代わりに珠に二人の精を溶け合わせて、子を宿した珠を産む。
龍珠はその珠を産める身体になる準備段階の副産物だと、この時
珠を産んでからは、より目まぐるしく時は流れていった。
珠が大きくなるに従って乳を出せるように変化してゆく身体に戸惑ったり、生まれてくる子のための物や人の準備に奔走させられたり。
とんでもない忙しさだったが、なんとか
子がちゃんと生まれてくるか、男でありながらちゃんと母になれるか。
不安に沈む日もあったが、
そうして迎えた、今日この時だ。言葉に表せない感動が、刻一刻と重なっていく。
「
二対の瞳が、はらはらと珠から剥がれる五色の破片を見つめる。
珠の中央に、亀裂が走る。内側から破られる音が、次第に大きくなっていく。
ぱりん、と薄い玻璃を砕くにも似た音とともに、とうとう珠が二つに割れた。
割れた珠の残骸の真ん中に、小さな赤子が横たわっていた。
「ほぎゃ……、あぁぁぁあ、ふあぁぁあっ」
間を置かず、赤子が勢いの良い産声を発した。
ふぎゃふぎゃと泣く子を、
小さな、けれども確かな温もりと重み。涙が自然と溢れてくる。
「
傍らの
「生まれた、生まれてきたよ」
「ああ」
小さな手が、きゅぅ、と無骨な爪先を握った。
「お前の名は、
その名は二人で決めていた、赤子への最初の贈り物だ。
ふにゃふにゃと泣く
「
赤らんだ頬を指で撫ぜ、
そうして
身代わりの花婿は掌中の珠 笹倉のり @sskrnr753
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