第24話 救出

 月藍ユェランを捕らえた中原の不埒者どもに龍暁ロンシャオが追いついた時、月藍ユェランはあられもない姿を晒して、醜く太った男に組み敷かれていた。

 はらはらと涙を流す妻の姿に、カッと脳髄が焼けた。

 珠を得るためとはいえ、ここまでするか。


「に、義兄さんっ、待ってくださいって!」


 一緒に来てくれた月藍ユェランの妹の夫が、龍暁ロンシャオを止めようと手を伸ばす。

 しかし龍暁ロンシャオはそれより早く、一瞬で月藍ユェランたちとの間合いを詰めた。


 月藍ユェランに覆いかぶさっていた男が、青い顔で龍暁ロンシャオを振り返る。


「な、貴様、なにも───が、アアァァァァ!?」


 泡を噛むような誰何に、龍暁ロンシャオの刃が閃く。

 月藍ユェランを嬲っていた汚らしい手が、宙を舞った。


「……殺してやる」


 血に塗れた剣を引きずり、逃げる男に追いすがる。


「よくもランに手を出したな。楽に死ねると思うなよ?」

 

 許さない。許してなるものか。なますに刻んでも、足りないほどの怒りに任せ、男を大木の側まで追いつめる。

 中原の怒りを買うとか、儂は高貴なる身だとか男が叫ぶ。

 そんなもの龍暁ロンシャオは知らなかった。月藍ユェランに手を出した。その一点をもって罪深く生かしておけようはずがない。

 剣を振りかぶる。男の絶望に染まった顔に目掛けてまっすぐに振り下ろさんと力を込めた。


「やめとけ、龍玄ロンシェンの」


 真後ろから頭を小突かれる。

 振り返ると、義妹の夫の伝手で求めた協力に答えてくれた、平原の単于の跡取りがいた。


「そいつを殺すと面倒だ。そんぐらいにしとけ」

「……俺の邪魔をするな」

「阿呆、優先順位を付けろって言ってんだよ」


 ぎろりと睨むと、見事な槍の石突でもう一度頭を小突かれた。


「こっちは俺が処理しておいてやる。お前は嫁さんを優先しろ」


 単于の跡取りが指さす先に、月藍ユェランが倒れ伏していた。

 血や涙に塗れた無残な姿に、頭が一気に冷える。


ランっ!」


 剣を握ったまま駆け寄る。手足の枷を叩き壊して自由にしてやり、そっと身体を起こさせた。

 呼吸は浅いが、ちゃんと息をしている。ほっと安堵して月藍ユェランを抱きしめる。真っ白になってしまった唇が、かさついた声を零した。


シャオ、なのか……?」

「……おそくなって、すまない」


 こんなことになるならば、一人でも敵陣に乗り込めばよかった。

 後悔と怒りを押し殺すように強く月藍ユェランを抱きしめる。

 ややあって、のろりと上がった月藍ユェランの手が、龍暁ロンシャオの背を撫でた。


「泣くなって、シャオ


 子供をあやすような手付きに、体の力が緩む。


「私が助けてくれと、思ったらお前が現れて。私、思ったんだよ」


 汚れた月藍ユェランの手が龍暁ロンシャオの頬を包む。

 濡れた頬を何度も指で拭って月藍ユェランは微笑んだ。


シャオが旦那様で、私は、幸せだなって」

ラン……っ」


 例えようもない愛おしさが龍暁ロンシャオを押し包んで、言葉が喉を通らない。

 だから代わりに、唇を重ねて、ぼろぼろの体を強く抱きしめた。

 腕の中の確かなぬくもりも逃すまいと、強く、強く。

 そうして気が済むまで、ふたりは人目もはばからず口付けを交わし続けた。

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