第15話 そしてまた、近づく心
近くに温かい泉がある。
谷底を流れる川を少し登ったところに、湯で満たされた不思議な泉があるのだと彼は語った。
せっかくだから
風呂は人と人の距離を縮めてくれる場だ。少なくとも
ほんの少し抵抗を示されたのが気に掛かったが、たぶん照れ隠しだろう。
かわいいなあ、とにこにこ見つめると、悔しげに「覚えていろよ」と低く唸られた。
その言葉の意味をすぐに理解させられる羽目になるとは、この時の
足の先を、水面に浸す。じん、と痺れるような温もりがした。
「あたたかい……」
想像していなかったほどの水温に、
だが、ふわふわとした心地好さは悪くない。警戒心を解いて、ざぷんと勢いよく湯に身を浸けた。
「なかなか素晴らしい泉だな」
泉のほとりで服を脱いでいる
「
「なんでもない」
小首をかしげる
ばしゃんと跳ね上がった湯が、
「急に飛び込むなよ! 湯が掛かっただろうが!」
珍しく見た目相応の行動をすると思わなかった。笑い交じりに叱りながら、
水底の
「……笑うな」
湯から顔だけ出して、
「す、すまん、悪かった。なんだかお前が、可愛らしくってな」
「うるさい。あんたも浸かれ、湯冷めするぞ」
伸びてきた手が腕を掴む。ぐいぐいと引っ張られるに任せて、
ひとしきり笑って、はあ、と大きく息を吐く。白くなって昇る息を目で追って、それから空に浮かぶ月を眺めた。
良い弓張りの月だ。屋外で湯に浸かって眺める夜空が、こんなにも心安らぐとは知らなかった。
「綺麗なもんだなあ……」
「月がか」
「うん、
「そうか」
会話が少し途切れる。少しして、そうだ、とまだ
「なあ、
「どうして」
「愛称の方が呼びやすいし。もっと仲良くなれそうだろ」
いいだろう? と強請ると、ふいと視線を逸らされた。
「好きにしていい」
「よーし、じゃあこれからはそうさせてもらうからな、
返事の代わりに、ぴったりと
寒いのかと彼の顔を窺うと、月明かりを弾いてきらきらとした黒い瞳が
まじまじと、至近距離で見つめ合う。改めて思うが、
絵画の龍とよく似た瞳だ。彼らが龍の末裔だというのも、
とはいえ、熱を帯びた眼で見つめられると、神秘より気恥ずかしさが先に感じられる。
「どうした?」
ふい、と目を逸らされる。その代わりにもたれ掛かる身体が、少し重くなった。
これでは龍じゃなくて猫だ。
「なんだなんだ、甘えてるのか?」
「……ああ」
腕の中の
「甘えてるんだ」
優しく引き寄せられ、唇を吸われる。
そのまま、くちづけは優しく、ゆっくりと深まっていった。
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