第13話 盗み聞き
草の合間を、雌の雉がおっとりと歩いていた。特に警戒した様子もなく、餌を探してか足元を小突いている。
好都合だ、と
呼吸を整え、目と指に意識を集める。雉が顔を上げる。しゅっ、と呼吸を引き絞ると同時、矢柄から指を放した。
解き放たれた矢が風を裂く。鋭い矢尻が逃げかけた雉の首元へ吸い込まれる。キィ! と、ひときわ高い断末魔が響いた。
「よしっ」
木の陰から飛び出し、雉を回収する。
改めて見ると、よくよく肥えた雉だ。冬に向けて溜め込んだであろう肉が厚く、さぞかし食べごたえがあるだろう。谷を越えて探しにきた甲斐があった。
(きっと、
妻の顔を思い浮かべると、ふわふわ胸が温まる。
少しばかり重いが気にしない。自ら捕らえた獲物だし、何より
「うっ」
とはいえ、少し欲張りすぎたかもしれない。腕がいっぱいになって、思いの外歩きにくい。
成長の遅い我が身を恨めしく思いながら、やっとのことで背負い籠を置いた場所まで戻った。
雉を背負い籠にしまってから、持ってきた水の入った皮袋を傾ける。たっぷり働いた後の水は美味い。
ちらりと空を見ると、まだまだ太陽は高い位置にあった。もう少しいいかと自分を納得させ、
手早く火打ち石で火口の用意をする。火口から付け木に移した火を、刻んで乾燥させた薬草が詰まった煙管の火皿に落とした。
吸い口に口をつけ、ゆったりと吸う。濃厚な口当たりと爽やかな後味がたまらない。
たぶん、
だが、
しかしそれは形だけのことで、いまだ
原因は見当が付いていた。下界と
それらが
一目惚れだった。月明かりを紡いだような薄い金の髪や薄い雲のような銀灰色の瞳は気に入っているし、閨で薄紅の梅花のように染まる美貌や肢体は特に美しい。
朗らかでどこかうぶな人柄も実に好ましく、共にありたいと思うに足る花嫁だ。何が何でも側に置きたくて、全力で尽くして心を溶かそうと必死になっていた。
でも、それがなかなかうまくいっていない。前述の通りいまだ怯えられているし、時に困った顔をされることもしばしばだ。
それを証明するかのように、
(どうしたものか)
煙管を咥えたまま、思考に沈む。まさか
このままでは、子が成せない。親を早くに亡くして兄弟の無い
(それは、絶対に嫌だ)
子を持つなら、相手は
龍は唯一無二の宝珠を持つという。ならば龍の末裔である
どうすれば、
「………、…、……」
「……、
林の奥から、声が聞こえる。
ハッと思考の底から意識を浮上させて、
煙管の火を消し、そっと気配を殺して声の方へ足を向ける。広くない林の小道の側に辿り着くと、声がとても近くなった。木と繁みの陰に隠れて様子を窺う。
谷の方から、歩いてくる人影が二つ。目を凝らさなくても誰かわかった。
「
愛しい妻と笑い合う変人の再従兄弟を睨む。彼らは揃って背負い籠を背負って、仲良さげに歩いていた。
何故だか、無性に苛立つ。
できることなら飛び出して
隠れる必要はないはずだが、それに気づく余裕が今の
二人の歩調はゆっくりとしている。少し
「っ!」
毛が逆立つような、全身の血が冷えるような。
不快な感覚に
みだりに
止めなければと心に決めて、林から踏み出しかけて。
「わぁ……!」
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