第12話 墓参り
岩の間の急な小径を、するする
「
後ろから続く
石段はあっても悪い道なのに、
「らーん! がんばれよー!」
あっという間に登りきった
助けてくれる気はないらしい。酷いと思いながら、心で泣いて
いつも助けてくれる
最初は
すぐ帰ると
残された
今にしては、それが間違いの始まりだった、と思う。目指す場所が、狭く小さいとはいえ谷の向こうとは想像もしなかった。
「の、登りきった……」
ようやく最後の踏み石を登りきり、大きく息を吐く。体力には自信があったのに、とんでもなくえらい目に遭った。
「ずいぶんしんどそうだが休むか?」
「だ、大丈夫、まだ歩ける」
差し出された皮袋の水を飲むと、少し呼吸が落ち着いた。
「そうか、まあもう少しだから気張ってくれよ」
白樺の林をふたりで進む。いくらもしないうちに、開けた場所に出た。
「これは……」
うららかな秋の日差しに満ちた光景に、
その広場の中央には木が立っていた。枝を天に向かって大きく広げ、茜色の葉を穏やかな風に揺らしている。
こんな鮮やかな木は、初めて見た。
「綺麗な木だろ。
「あれが嫁さんの墓標でな」
「奥さんの?」
「そう、生前好きだった木なんだ」
手を合わせて、静かに目を閉じる。
「嫁さんの話、少ししてもいいかい?」
ひどく愛おしそうに幹を撫でて、
黙って頷くと、ありがとな、と嬉しそうに
「この下で眠っている嫁さんはさ、俺の二人目の嫁さんなんだ」
「二人目? 別の人とも結婚していたのか?」
「ああ一人目は、お前と同じ
「
「そ。今から百年くらい前か。
人以外のものになりたくない。普通に生きて死にたいと泣いて、下界に帰りたがったのだそうだ。
「嫌がる奴に無理強いはできんだろ? だから、離縁しようってことになった」
だが離縁すると決めても、そうは簡単にはいかない。
婚姻の破棄は、盟約を破ることに繋がる。
だから
二人は兄妹を装って、足掛け一年も下界で旅をした。そして様々な土地を巡った甲斐あって、西域にある大きな国でこれはという男が見つかった。
しばらく滞在して
「そんなことが、できたんだな」
「後でしこたまどやされたけどな。やろうと思えばできるもんだ。お前も下界に帰りたいか?」
唇を片方、わざとらしく吊り上げる
「……ところで、
返事に困り、落ち着かない気持ちを誤魔化すように明るい声で話題を変えた。
「ここに眠っている二人目の奥さんとは、どうやって出逢ったんだ?」
「ん? ああ、あいつに会ったのは、一人目の嫁さんと別れて帰る道すがらだったな」
その人はたまたま行きあった、
彼女はゆえあって氏族の輪から外れ、早くに亡くした父母の代わりに多くの弟妹を一人で育てていた。
「一緒にいるうちに惚れちまってなあ。どーっしても連れて帰りたくなって、口説き倒したんだ」
最初はまだ幼い弟妹たちがいるからと断られ、でも諦めきれずに
言い訳になっている弟妹たちを味方につけ、押したり引いたりしながら毎日
そうしてほぼ一年近く掛けて粘りまくり、ついに
「連れて帰ったら多少叱られはしたけど、山の奴らにも認めてもらえた。嫁さんの弟や妹たちも一緒で家族が増えたし、嫁さんは可愛いしでな。あの時は本当に、嬉しくってたまらなかった」
語る
「でも、あいつと俺は同じになれなかった」
「同じ?」
「いくら閨を共にしても、子ができなくてな。嫁さんは俺と同質の存在になれなかったんだ」
「
消え入るように吐息を吐いて、
「もっと、一緒にいたかったんだがなあ……」
風が吹いて、楓の葉を揺らす。さわさわと葉が擦れ合う音が物悲しい。
大切な人に置いていかれる辛さ、悲しさは想像するだけで胸が痛くなる。
「
陽光を透かしたように透明な眼差しが、ゆるりと
「
「好いているかい?」
「……ああ」
訊ねられ、
愛なのかと問われたら、即座に答えを出せない。けれども
そうか、と
「あいつはお前に惚れている」
「……やっぱり?」
「見てりゃわかるよ」
けらけら笑って、
「できれば、俺と同じ気持ちは教えないでやってくれ」
頼む、と
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