第7話 初夜の名残

 身体の重さで目が覚めた。

 頭の先から爪先まで妙に重くてだるい。なんとか瞼を押し上げると薄暗い寝台の天井が見えた。

 頭を横へ倒す。紗の帳越しに朝の光が差し込み、寝台を白々と照らしている。油膜のような淡い光の中、乱れきった赤い褥シーツが広がっている。


「っっ!」


 その光景を見た瞬間、初夜の記憶がよみがえる。

 男、いや、それにもまだ手の届かない少年に抱かれた。男でありながら、きちんと花嫁の役割を果たしてしまった。あまつさえその少年の手管でとろけさせられて、あられもない痴態をさらしてしまった。

 そして、そればかりか・・・・・・。


(一生の不覚っ・・・・・・!)


 たまらなくなってシーツを掴もうとした指先に、硬い何かが触れる。

 嫌な予感が背中を這うが、意を決して摘まんでみた。目の前まで持ってきたそれは、幼子の小指の爪ほどの白い珠だった。灯火の下、霞む目で見たあの珠で間違いない。

 やはりあれは、夢うつつの出来事ではなかったのだ。


(あげく、こんなもの・・・・・を、う、産まされたなんて)


 事後のことだった。

 疲れ切ってシーツに身を沈めた月藍ユェランはらが、突然疼き出したのだ。

 あれよという間に事の最中を思い出すような甘い熱が襲われて、側にいた龍暁ロンシャオに手を握られて。恐怖と戸惑いで身を震わせている中、龍暁ロンシャオの寵愛を受け止めたあられもない場所から、この白い珠がこぼれ落ちたのである。

 思い出すだけで、肌が軽く粟立つ。あのなんともいえない感覚が、はらの奥によみがえるような気がして気分が悪くなる。

 初夜の後に子種を受けた側が珠を産むなんて、聞いたこともない。男色、中原の言葉でいうところの断袖だんしゅうの交わりだと、起こりえることなのだろうか。

 一瞬考えてしまうも、月藍ユェランはかぶりを振ってそれを否定した。人間が珠を産むなど、やはり同性の交わりであったとしてもありえない。

 珠に近い形のもの、卵を産むのは鳥や蛇、それから魚の類いだ。月藍ユェランには、それらの生き物になった覚えはない。

 だったら、この珠はなぜ、月藍ユェランはらから出てきたのだろう。

 そう考えたところで、昨夜の龍暁ロンシャオの言葉がよぎる。

 龍玄ロンシャンの一族は、下界の人間と作りが違うのだと。

 人間ではない龍暁ロンシャオとの交わったから、月藍ユェランの体を作り変えてしまったということなのか。

 そこまで考えて、月藍ユェランは額を押さえた。これはきっと、一人で考えても答えが出ない問題だ。いったん、考えるのをやめよう。そうしないと頭がおかしくなってしまう。


「あっ、ぐぅ」


 とりあえず起きてみるか、と身体を動かしかけて、月藍ユェランは失敗した。

 節々が軋み、腰が痛みを訴えてくる。耐えきれなくて寝台に再び沈む。尋常ではない身体の理由はすぐ思い当たった。

 昨夜、龍暁ロンシャオに色々されたせいだ。

 思い返すだけでいたたまれない。押し寄せてくる羞恥に耐えきれず悶えたいところだが、身体がいうことを聞いてくれないから困る。

 せめてと手近の枕に顔を埋めて呻く。それでなんとか、ほんの少しだけ感情を発散できた。

 やっと気持ちが落ち着いて、枕から顔を離す。今更だが寝台を見回すと、龍暁ロンシャオの姿はなかった。

 先に起き出して、どこかへ行ってしまったらしい。そのことにほっとしたような、心細いような心持ちになる。今まで経験したことがない感情に戸惑いを覚えるが、このままじっともしていられない。

 龍暁ロンシャオが戻ってくる前に、身支度くらいは整えておこう。手近にあった肩掛けを羽織って、身体を気遣いながらもう一度起き上がった。

 襲ってくる全身の軋みを堪えて、そろりと寝台を降りた。しっかりと両足が床に付くのを確認する。足の感覚はある。大丈夫そうだと判断して、立ち上がった。


「う、わっ、いたぁっ!」


 足に込めた力が、立った瞬間に抜けた。

 敷物の上でずるりとへたり込む。その拍子に腰の痛みがひときわ身体に響き、思わず悲鳴を上げてしまった。

 悲鳴に反応したように、寝室の戸の向こうから物音がした。使用人か誰か控えていたらしい。蹲って震えながら顔を上げると、静かに戸が開いた。


「大丈夫か?」


 開いた戸口から若い男が顔を覗かせる。優しい声音に首を横に振ると、彼はゆったり微笑んで寝室に入ってきた。


「痛みで腰が抜けたようだな」

「はい……」

「仕方のないことだ。どれ、寝台に戻してやろう」


 青年はへたり込む月藍ユェランの側まで来て、肩を貸してくれた。

 腰を庇いながら慎重に寝台へ戻る。どっと疲れが押し寄せて、月藍ユェランは寝台に横たわった。


「あの、あなたは、どなたですか?」


 気になって、寝台に腰掛けて見下ろしてくる男に訊ねる。

 男は月藍ユェランと同じ白麓パイルーの衣装を身につけて、流暢に白麓パイルーの言葉を話している。顔立ちも龍玄ロンシェンの人々らしくないばかりか、銀灰の瞳を持っている。

 間違いなく、彼は月藍ユェランと同じ白麓パイルーの一族だ。

 だが、月藍ユェランには覚えがない顔だった。少なくとも嫁入りの同行者には、彼のような者はいなかった。


「俺か。俺は、秀鶯シゥインという」

秀鶯シゥイン殿?」

「そうだ。白麓パイルーの出で、今は龍玄ロンシェンの長の嫁をしている」

「長の奥方様……って」


 ふと脳裏をよぎった予測を、月藍ユェランは即座に否定した。

 そんなまさか、ありえない。目を見張る月藍ユェランに、男は笑みを深くする。


「お前の先例の男の花嫁だよ、月藍ユェラン

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