第8話 龍玄の秘密
「嘘だろ……!?」
驚きのあまりに出た声が腰に響く。
目の端に痛みによる涙を浮かべた
「驚きすぎだぞ」
「も、申し訳ない。だが、私の先例なんて、あり得ないだろう!?」
「信じられないか?」
失礼だとは思ったが、正直に頷く。
三十路そこそこにしか見えない
「不思議に思う気持ちはわかる。でも、事実だ」
「事実って、本当に
「そうだ。証拠になるかはわからんが、一つ、俺の身の上話を聞かせてやろう」
そう言って
開いたままだった戸口から、茶器と果物の乗った盆や着替えを携えた使用人が、数人入ってきた。彼らはそれらを寝台の
閉まる戸を見もせず、
そろそろと
茶器を覗き込むと、澄んだ琥珀色の飲み物が入っている。
「まあ、この茶を飲みながら聞いてくれ」
身体の痛みが和らぐと言われ、恐る恐る
肩の力を抜いて茶器を傾ける。
嫁ぎ先は当時の
とりあえず婚姻を保留して
簡単にまとめるとそのような話だった。
あまりにも荒唐無稽で、信じられたものではない。男同士の婚姻の問題とは、子を成せるかどうかだ。それが情を通じて解決した、というあたりが特に怪しい。
「まあ信じられん話だろうな」
訝しげな
「だがこの
「どういうことですか?」
「
「人間ではない!?」
まさか、と思う。
「人の形はしているが、彼らは龍の末裔なんだ」
「龍……?」
「神話や御伽噺に出てくる、あの龍さ」
龍とは神なる獣だ。
理由は単純。実際に龍を目にした者は、一人としていないためである。よって龍は神聖な存在ではあるが、想像上の獣だ、というのが
そんな架空の神獣の子孫が
「今はもう、龍に転変する力がある者は少ないがな。それでも皆成長が遅くて一定の年齢以上老いないし、呆れるほどに長寿で、男を孕ませるくらいはできてしまうんだ」
言いながら、
手のひらの上で、袋を開いて逆さにする。五色の珠が一粒、ころりと
「こ、これ」
「見覚えがあるな?」
顔が熱くなり、落ち着きを失ってしまう。ぱくぱくと口を開けたり閉めたりする
「この珠は、
知っているな、と聞かれて頷く。
「こいつは龍の精気の結晶でな。異種族の、それも同性の番いとまぐわった際に生じるんだ」
「どうして、ですか?」
「番いを自らと同質の存在にして、子を孕める身体に作り変えるためさ」
「子ッ!?」
「産めないと困るだろう?」
しかし、言っていることがわかるようでわからない。
「どういう仕組みかはわからんが、俺も珠を産んだ。この珠がそれだよ。産み続けるうちに連れ合いと同じ身体になって、子を孕んだからそういうものなんだろう」
あっはっは、と笑う
でも唯一わかったのは、これから自分が
「
「怖いか?」
「……はい」
自分の将来、常識が及ばない場所、人々。すべてが
隣に寄り添ってくれる
人らしい温もりに、震えが少し収まった。ぽんぽんと赤子にするように
「案ずるな。俺も最初は怖かった」
「
「そうだとも。でも、今はなんともない」
優しく言って、
「じきにお前も怖くなくなるよ」
「嘘だ……」
「案じるな、
控えめに戸の開かれる音がした。首をもたげると、戸の隙間から
相変わらずの大人びた表情だが、昨夜とは打って変わって不安そうな色が漂っている。それはどこか親とはぐれた子供のようで、
「
寝台に乗り上げ、横たわる
「
呼ぶ声は囁くようで、線の鋭い少年の眉はくしゃりと寄せられる。
「無理をさせて、すまなかった」
「
「初めてなのにちゃんと気を配ってやれなかった。反省している」
「心配させて、悪かったな」
罪悪感に駆られてつい、
だが、容姿は
重たい手を持ち上げて、浅黒い頬に触れる。まだ男になりきっていない線に指を這わせると、
「仲良くなれそうか?」
「まだわからないか。まあ、それでもいい。ゆっくりふたりで過ごせ」
寝台から腰を上げて、
それから
寝室に静けさが戻ってくる。
「
「
声が重なって、お互い口を噤む。気まずさと恥ずかしさがないまぜになった空気が漂って、ついついふたりは顔を背けてしまった。
五つ数えるほどの沈黙の後、そろそろと
「
声を出してから後悔する。格好悪くも、軽くうわずってしまった。
頬を熱くしながら
「俺も、そう思う。あいつは昔から掴みどころがない」
「そうか」
「ああ」
それきり、また会話が途切れてしまう。ややあって、
「握っていてもいいか」
「……構わないが、お前はいいのか?」
「いい、とは?」
「予定が決まってるんじゃないか。
すでに長の補佐などの仕事を任されていても不思議ではない。伴侶に付き添って潰していい暇など、あるのだろうか。
「ない」
握って指先に頬を押し付けて、
「初夜から数日は、花嫁と過ごすのがしきたりだ」
「
「そうだ。昼も、夜もずっとだ」
「夜も……」
また今夜もなのか。昨夜の閨を思い出して、
ひと夜で身体がガタガタになったのだ。連夜続けば身体がどうなるかなんて想像したくない。
「あんたの調子が良くないなら、無理強いはしない」
信じていいものか考えあぐねていると、手を握ったまま
「何もしない。だから側にいたい」
たっぷり間を置いて、ぎこちなく
それを見た途端、不思議と緊張が解けた。
じわじわと微睡みが身体を浸し始める。高めな体温がちょうど良くて、握っていない方の手を
なんとか、なる気がしてきた。少なくとも
深い息を吐いて、
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