第5話 初夜

 粛々した婚姻の儀式を終え、続いて龍玄ロンシェン白麓パイルーの人々が揃った披露の宴が催される夜更け。

 月藍ユェランは華やかな宴を中座して、初夜の支度をさせられた。

 花嫁衣装を脱いで湯浴みをし、寝化粧を軽く施して寝間着に着替えて、跡継ぎ専用の建物にある寝室へと向かう。

 案内された夫婦の寝室は、これもまた豪華な空間だった。部屋の最奥には、紅い紗の帳が掛かった大きな黒檀こくたんの寝台がある。その寝台には錦の枕がいくつも並べられ、延べられている寝具は綿がたっぷり詰まった紅い絹。

 側には牡丹の描かれた雪洞が吊り下げられ、艶めいた光を閨に零している。


「落ち着かない……」


 花婿が来るまで楽にしていいと言われたが、はいそうですかとできるはずもない。

 しばらくうろうろ室内を彷徨って、月藍ユェラン黒檀こくたんでできた椅子に腰を下ろした。卓子に用意されていた茶を飲んで気持ちを鎮めつつ待つ。


月藍ユェラン様」


 のろのろと時間を掛けて一杯の茶を飲み切った頃合いに、寝室の外から使用人が呼びかけてきた。


「若様が参られました」


 跳ねる鼓動を抑え、月藍ユェランはゆっくりと椅子から腰を上げて跪いた。


「……通してくれ」

「はい」


 使用人のいらえの後、衣擦れと足音が寝室の戸の前に来た。少し冷えた、春の夜の空気が寝室に流れ込んでくる。

 ついに、花婿が寝所へ踏み込んできた。跪く月藍ユェランの元へ、軽い足音が近づいてくる。首を深く垂れて、月藍ユェランは花婿を迎えた。


「顔を上げろ」


 凛とした声に従って、顔を上げる。自分を見下ろす花婿は、やはり昨夜の少年だった。

 夢でも、嘘でもなかった。突きつけられた事実を認めざるを得なくて、頭がクラクラする。


「俺が花婿で、やっぱり驚いていたんだな」

「まあ……うん、申し訳ないが」


 ずばり言い当てられて目を逸らす。少年は表情を変えずに、構わない、と言った。


龍玄ロンシェンの人間は成長が遅いなんて、知らなかったんだ」

「下界の人間たちと違って俺たち龍玄ロンシェンの者は作りが違ってな。白麓パイルーの長から聞いてはいなかったのか?」

「まったく。相手方のことを訊ねるという発想もなかった」


 それに男の自分が嫁いでいいのかという方が気になって、相手のことなど二の次だった。


「それより、本当に私が君の花嫁でいいのか。見ての通り、私は男なんだが?」

「ああ、そのことか」


 少年は頷きながら、月藍ユェランの手を取って立たせた。

 並んでみると、やはり体格差がある。まだ成長しきっていない少年の背は、月藍ユェランの首ほどまでしかなかった。身体も細くて薄く、どちらが嫁なのかわからない。


「俺はあんたが良いと思った。あんたは美しい。阮咸が上手いし、側に置いておけば心地良さそうだ。だからもらい受けると決めた」


 少年は臆面も無く、月藍ユェランを真っ赤にさせるセリフを言い切る。


「長の伯父も婚姻を認めた。あんたは何も気にしなくていい」

「いやいや、気にするだろう。見目が歳上なのはまだいいとして、同性だぞ?」

「だからどうした」


 きょとんとしている少年に、月藍ユェランは頭を抱えた。


「……一応聞くが、いいか」

「どうした」

「お前、子の作り方は習っているか?」

「とっくに手解きは受けているが、何か」

「習っていてそれかよ!?」


 思わず、月藍ユェランが叫ぶ。それを見て、少年は納得したような顔になった。


「なんだ、子の心配をしていたのか」

「当たり前だ! 婚姻は血を交えて両家の誼みを深めるものだぞ!?」

「それで?」

「子が成せないと困るだろうがッッッ!!」

「確かにな」


 少年は月藍ユェランの言うことに、うんうんと同意した。


「だが、心配しなくていい。俺とお前なら問題にならん」

「なあ、私の言ったことを聞いていたか?」

「聞いていた。あと、俺のことはお前ではなく龍暁ロンシャオと呼べ」

「なら龍暁ロンシャオ、聞いていたなら──」


 わかるだろう、と言いかけた月藍ユェランの唇は少年、いや、龍暁ロンシャオに塞がれた。

 腕を引かれて引き寄せられ、中途半端に開いた唇の合間に舌先が滑り込む。

 未知の感触に、月藍ユェランは思わず目を閉じた。肉の厚い龍暁ロンシャオの舌が、月藍ユェランの口内の粘膜をねぶる。綺麗な歯列をなぞって、奥に縮こまる舌に絡んだ。

 月藍ユェランは抵抗できなかった。温くて妙に甘い唾液を飲み込まされ、思考と身体がじんわりと痺れていく。力が抜けて、腰が抜ける。

 ひとしきり吸われた唇が離れる。完全に脱力した月藍ユェランの身体は、龍暁ロンシャオが支えられた。

 見た目に反して力強い腕が月藍ユェランを抱え上げる。


「おいっ、何をっ」

「大人しくしていてくれ。寝台に運ぶ」

「うわっ!」


 あっという間に寝台に連れて行かれる。柔らかなシーツの上に投げ出され、起き上がれないうちに龍暁ロンシャオに組み敷かれた。


「安心しろ。こう見えて、閨の作法は心得ている」


 寝間着の薄物の襟に、褐色の指が掛かる。慌てる月藍ユェランの制止を無視して、左右へ大きく肌蹴られた。

 顕わになった白い胸元に、龍暁ロンシャオの唇が寄せられる。なだらかな胸に、唇を当てられた。薄い皮膚の奥がびりりと疼く。


「ひ、っ」


 堪らず喉から溢れた声の高さに驚く。まるで、生娘のようだ。自分のものとは思えなくて、口元を出て塞いだ。


「怯えてくれるなよ」


 龍暁ロンシャオが唇を舐めて笑う。

 成熟した雄の仕草だ。幼さを残した少年の姿との不釣り合いさに、目を奪われる。


月藍ユェラン、お前は何も考えるな。ただ、俺に身を委ねればいい」

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