第4話 婚礼での再会
ぱたぱたと白粉の粉をはたかれる。甘くくすぐったい匂いが鼻腔を埋める。
出そうになるくしゃみを堪えて、
話し合いに決着が付いたのは、昨日の夜も更けきった頃合いだった。
結果は、先例の如く。
花婿が
まさかの結論に愕然としていると、婚礼はさっそく明日行うという追い討ちまで掛けられた。
これも花婿の意向らしい。
夜明けと同時に提供された
それが済めば食事を摂る暇も与えず衣装の支度だ。香油で髪を丁寧に梳って、短いながらも軽く編み込まれる。誂えてきた婚礼衣装を着付けたら、耳飾りを付け、腕飾りや首飾りを幾重もかけられた。布も飾りも多くて重い。
身体が傾きそうな重さにふらつくが、支度は
一通り飾られたら、次は化粧だと使用人に囲まれた。男だからと断ってはみたが、化粧は礼儀だと素気無く却下された。
(いやいや、私みたいな男が化粧なんておかしいだろ……)
内心、不安に思う。誰も何も言わないが、かなり滑稽な顔になっているのではないだろうか。
格好の悪い見映えになっていたら、と思うと気が滅入る。女の装いをしている時点で、何を言っているのだという話だが。
そうして支度が終わっても、一息吐く
何と言われるか恐ろしかったが、長も皆も特に何も言わなかった。嫁入り道中も
「
長の言葉へは、返事に困った。花嫁の役割を、男の自分にどう果たせというのか。
今更だが、やはり理解できない。深く頭を垂れて誤魔化した。
型に嵌められたやり取りの後は、気まずい沈黙が落ちてくる。
こっそりと介添え役が教えてくれたところによると、話し合いの際に
そのせいで長たちは精神的に疲れている、というわけだそうだ。
確かに今日の長たちは、いつになくくたびれた風情がある。
しばらくして控えの間に、花婿側の者が訪ねてきた。花婿側の準備が整ったようで、婚礼の儀を行う広間へ来るよう促される。
いよいよだ。
回廊を進み、昨日最初に通された建物へと入る。
広間の最奥に設えられた、花嫁と花婿の席へ導かれる。紅い絹でできた婚礼用の敷物の上に座ると流石に緊張してきた。
分厚い
じわじわと締め付けられるような感覚が、腹の底から這い上がる。それを膝のあたりの服を握って堪え、
ざわめきが止んだのは、心の中で百ほど数えた時だった。回廊の敷石を叩く足音が幾つか聴こえてくる。
花婿がやってきたのだ。
格好悪くないよう背をしゃんと伸ばして前を向く。
足音が近づいてくる。ゆっくりと、着実に。足音が止まった。扉が開く重々しい音が、広間に響く。
一つ間を置いて、足音がまた進み始める。一歩、二歩。縮まっていく距離を音で感じる。
足音が止まった。
衣擦れが近い場所で聴こえ、
差し込む外の光が眩しく、反射的に目を瞑る。明るさがまぶたの裏に映る。
細く息を吐いて、
革靴に包まれた、花婿の足元が見えた。靴の革は艶やかになめされた黒褐色、金糸で飾られた黒の衣装の裾とよく馴染んでいる。
屋敷に相応しい贅沢な衣装だが、想像よりもなぜだか小さい。まるで成長途上の、少年のようだ。
「また会えたな」
花婿の声が、耳に滑り込む。
変声期前を思わせる透明な声だ。明らかに成人した男の声ではない。
混乱を押し隠して、
花婿の足元から、玉をあしらった腰帯のあたり。すらりとした胴から、錦糸の刺繍も鮮やかな胸と立ち襟に包まれた首元へ。
「お前、昨日の?」
視界に現れた花婿の顔に、
昨日の少年が、そこにいた。
少年が花婿、と思いかけたが否定する。花婿は
「おい、婿殿はどこだ?」
震える声で訊ねると、急に周りが忍び笑いをし始める。
きょとんと
そのほんのりと淡い笑みに、つい目が吸い寄せられる。
「花婿は、俺だ」
薄い唇の形作った言葉がうまく理解できない。細さの目立つ手が
そして限界まで丸く開かれた黒の瞳を覗き込んで、少年は告げた。
「よく来たな、俺の花嫁」
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