LOVE&BREAK

筆開紙閉

LOVE&BREAK

 あのときは雨が降っていた。聞き飽きた祭囃子が耳にこびりついている。


「あの祠を壊したらまた会えるわ。それじゃあまたね」


 君はそう言って虚構フィクションのように雨の中に消えて行った。かつての王政ローマの初代王ロムルスが雨の中に消えたみたいだった。

 俺は村を出てからもずっと君を思っていた。君のことを考えて歌詞を作り、上手くもないギターをかき鳴らし、音楽とバイトで生きてきた。上半身だけではなく全身の筋肉がバランス良くなるように鍛えた。

 故郷の祭囃子が二度と響かぬように、あの村を滅ぼし、君以外の全ての村人を皆殺しにして、全てを無かったことにしてやろうと思っていた。

 そして。


必祠壊技ホコラブレイクが完成したのじゃな!」


 祠を模した的が砕けた。赤と黒の全身タイツに身を包んだ老師が喜んだ。老師の顔面はピエロのようなメイクに覆われている。そのメイクが喜びの涙で溶ける。


「はい老師。これで必ず故郷の祠を破壊します」

「うむ」


 老師は乳首を指で掴むような動作をし、ステップを踏んだ。禹歩ウホの一種である(と少なくとも老師は主張している)。

 このステップにより魔除けされ、弾丸や流行病も老師を避けていく。


 我が故郷は日本国憲法の通じない僻地、金鹿みなごろし村である。

 つまりは日本国から見れば異国である。

 山を越え、海を渡り村へ辿り着く。JRの最寄り駅は車で三時間ほどの遠くにある。離島なのか半島なのか不明だ。

 村の外周にはこれまで村に入った余所者たちが串刺しで晒されている。新しいものは肉が付いているが、古いものは骨ばかりになっている。


「みんな行くぜ!!」

「おう!!」


 俺が集めた仲間たちが俺の後ろをついてきてくれる。

 音楽を修める日々は、俺に仲間を与えてくれた。時にぶつかり合い、時にぶつかり合う仲間だ。老師は初期面子か。


「お主、祠を破壊しようというのか!?」


 紙に記録がなされる前から村に住む老人がまず立ちはだかる。

 老人はその不死性を活用し、防御無き拳打を繰り出すことができる。


「儂ではない。我が不肖の弟子が破壊するのだ」


 老師が老人に殴りかかる。老師はドラム担当だ。


「三千年鍛え続けたこのワシが、百年も生きていないガキ相手に後れを取るだと!?」


 老人は三千年間余所者を自身のサンドバッグとして殴り続けていた。その自信が打ち砕かれた。拳打のみを鍛え、上半身に比べて下半身が貧弱であったことが敗因か?


「たわけ!片田舎で弱弱ヨワヨワとばかり戦っていたお主に儂が後攻を取ることなどあるか!!」

 

 老人を日本国まで吹き飛ばした。日本国憲法の九百九十九条に不死者の否定があり、老人の不死性は否定される。老人は死んだ。


「お兄さん、死んじゃうよ?」

「くすくす(笑)、祠が破壊されると呪い?が溢れ出るんだって?怖いね(笑)」


 黒髪と白髪の双子が立ちはだかる。闇属性と光属性の呪術攻撃には即死効果がある。目に見えない呪術攻撃を避けて間合いを詰めることは困難だ。

 目には見えないが白い光や黒い光が俺たちに飛んでくる。俺は見えるが?


「呪術などという非科学的攻撃は効かぬわ!!」


 身長三メートルを超えるサイボーグ槙島が双子の頭を掴み、万力のように両手で潰していく。双子の頭が砕ける音が響き、二人の脳漿が一つに混ざり合う。身体の九十九割を機械化した槙島に呪術攻撃は効かない。

 ちなみに槙島の担当はベースだ。


「おいおい!俺が出るしかないのか?爺もガキどもも役に立ちやしないからこの俺がやるしかないか」


 一日に百本のタバコを吸うヤニカスのおっさんが火の付いたタバコから炎の龍を召喚する。普通の村人の中で最強の男だ。炎の龍は全ての存在を焼き尽くす。


「ヒヒヒ!ただの人間がこのウェンディゴ様と引き立て役の仲間たちの邪魔をすんじゃねえ!」


 ギター担当のウェンディゴが焼かれながらもヤニカスに噛り付く。ヤニカスの肉体強度は並みなので首筋の動脈を破損し、壮大に出血する。


「ただでは死なねえ。お前も道連れだ!!」


  ヤニカスは動脈を食い千切られた割に明瞭な発音で言った。


「さっさと死なんか!!」


 槙島がぶん殴り、身長が地面と同じようになるまで潰され、血と肉と骨の染みになった。

 ウェンディゴの炎は消えず、燃え続けている。

 思えばウェンディゴとは初めて会ったときから喧嘩してばかりだった。肩がぶつかったと因縁をつけられ、財布ごと盗られたのが初対面のときだったか。ホールケーキを切り分けたとき、ウェンディゴの分のケーキが少ないと騒がれ殴り合いになったこともあった。

 結構根に持っていることばかり思い出す。

 村人の精鋭を蹴散らし更に祠のある山に向かって進む。突然祭囃子が聞こえてきた。

 銃や刀、火炎放射器で武装した村人や隣村の魚人が俺たちの周りを囲む。

 クソ。このままではジリ貧だ。


「不肖の弟子、呆けるな!!ここは儂らに任せて先に行くのじゃ!!」


 老師が俺の背中を強く叩く。槙島は村人の銃撃を装甲で弾きながら元気に暴れ回り、ウェンディゴはまだ燃えている。なかなか燃え尽きないなアイツ。


「ありがとうみんな!!」


 俺は仲間たちに残りの村人の始末を任せて先に進む。山道を駆け上がる。

 祠は土を踏み固め、雑草を定期的に取り除いた山道の果てにある。

 俺は跳躍する。ギターの正しい使い方はこれだ。

 空中で俺の目線が何度も空中と地を行き来する。俺は空中を落下しながら縦回転している。

 回転の力が乗ったギターが祠を砕いた。

 ギターもまた反動で砕ける。徳川幕府から不当な弾圧を受けた村正が作った殺人ギターでも祠を一つ破壊すればダメになるか。


必祠壊技ホコラブレイク


 壊れた祠から君が出現した。あのとき最後にあったときのような白無垢の姿。神の伴侶としての姿。


「ほら。また会えたでしょう」

「俺、東京に出てビッグになったんだ。身長も百八十越えたし」

「凄いわね」


 それから俺たちはたわいもない話をした。主にあれから俺がどう変わったか、何をしてきたかを報告していた。


「神と別れて、俺と結婚してくれ」

「ええ。構わないわ」


 神が呪うように雨が降り出し、村人が全身の穴という穴から血を噴き出して死んでいく。

 俺たちは音楽をかき鳴らし、ステップを踏む。古来よりJPOPは魔を払う力を持つとされる。ウェンディゴはまだ燃えている。

 呪いと俺たちの音楽は均衡を保っている。神が根負けするまで音楽をかき鳴らす。

 神など小さいライブハウスでまばらな観客を前にしてビビるような小物、直接暴力で俺たちを殺しにも来やしない。直接殴りかかるなら殴り返すだけ。


「愛しているぜ」

「私もよ」


 俺たちはずぶ濡れでキスをし、村から生還した。


 






 






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