壊してくれてありがとう

 君が祠を壊したんだってね?


 本当にありがとう。今までも悪ふざけで蹴ったりする奴はいたけど、あんな風に完膚なきまでに壊してくれたのは君が初めてだ。


 どうしたんだい、そんな怯えた顔をして。

 さては、僕の兄さんに悪いことをたくさん言われたんだろう。気にしなくていいよ。

 あのひとは村から出られないから君みたいな他所から来たひとに当たるんだ。


 怖い話を聞かされただろう。

 鬼女の話かい? だと、思った。

 だから、この村は嫌いなんだ。乱暴で田舎くさい言葉を喋る迷信深い連中ばかりだよ。



 君には本当のことを聞かせてあげよう。

 悪いのは巫女じゃない。ここの神と村人なんだ。


 村の連中も兄さんも弟も信じたがらないけどね、この村にはとんでもなく恐ろしい神が住んでるんだよ。少しでも気にいらないことがあると、胸先三寸で村人を祟り殺す悪神だ。

 何でわかるかって? 望まずともこの家に生まれたから、少しは見えるよ。


 巫女も僕と同じものが見えたんだろうね。

 村人を守るために祠を建てて、必死の思いで悪神を封じ込めたんだ。

 でも、神は強かった。少しでも封印が解けると、自分に仇なした村人を祟り殺したんだ。


 人間っていうのは弱いものだからね。原因がわからないことは怖くて耐えられない。

 いつしか求められてもいない生贄を捧げなければいけないと思い込んだ。

 そして、我が身を粉にして村を守ってくれた巫女に白羽の矢が立ったんだ。


 僕の先祖は巫女が村人を騙したことにしようとしたんだ。言い出したのは、当主の妻だと聞いたよ。

 巫女は村で一番の美人で、振り返らない男はいなかったらしいから、妬みもあったんだろう。

 巫女の正体は鬼で、ひとを惑わしてるんだと噂になった。


 一番怖いのは人間だよ。

 村人は深夜に巫女の住処に押し入って、足を折って逃げられないようにした。二度と甘言を吐かないよう口を縫いつけ、綺麗な顔を白布で覆い隠して、額に釘を打ったんだ。

 それから、首を切り落とし、祠に埋めた。


 信じられない話だろう。

 兄さんの口と足が悪くなったのは祟りかもしれないね。僕たちの先祖のしたことを考えれば自業自得だけどさ。



 誰からこの話を聞いたかって?

 巫女本人からだよ。僕は見えるって言っただろう?


 子どもの頃、こっそり祠に忍び込んだとき、彼女を見たんだ。

 白くて細い手を伸ばして僕に助けを求めたんだよ。

 それから、何としてでもここから出してあげたいと思った。


 でも、自分じゃ祠を壊せなかった。

 だって、祠を壊した人間は皆死んでしまうんだ。僕が死んだら誰が彼女を連れてこの村から一緒に逃げてやれるだろう。


 だから、本当に感謝してるよ。

 君のお陰で彼女はやっと自由になれた。


 お礼にひとつ教えてあげよう。

 兄さんは責務で雁字搦めになって神主の真似事をしてるけど、力はそんなにない。

 本当は僕たちの末っ子が一番そういうことに詳しいんだ。


 気が弱くてちょっと頭がおかしいから、普段は下男同然で働いているけどね。

 彼なら少しだけ君の助けになってくれるかもしれない。


 お互い、幸運を祈るよ。

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