小さな恋のおはなし

かごのぼっち

追憶

 セピア色になっても忘れない。


 僕の大切なアリシアの事を。


 彼女は教会でも治せない病にかかっていた。食事を身体が受け付けず、全て吐き戻し、あっという間に痩せ痩けてしまった。司祭も医者も彼女を見放した頃、彼女は僕を部屋に呼びつけて言ったんだ。


「あなたとの婚約は解消するわ。私の事は忘れてちょうだい? そして、もう二度と、私の前に現れないで。あなたの顔なんて見たくないの、約束してくれる?」


 ショックだった。


 たけど、彼女を守ると言った約束を守れずに、彼女を病から救えなかった僕の落ち度は否めない。これが彼女の本心なのかどうかもわからない。もしかすると、僕を傷つけない為にわざと自分から遠避けているのかも知れない。色んな思考が脳内を駆け巡るが、それが彼女の望みだと言うのならば、僕はそれを受け入れるほかはない。


 「わかった。だけど、僕の気持ちは変わらないよ? アリシア……」


 彼女は何も言わずに、僕から目を逸らして、二度とは振り向いてもらえなかった。


 悲しかった。


 彼女の細くなってしまった背中をしばらく眺めて、僕はサヨナラも言わずに部屋を後にした。


 翌日、彼女がその後すぐに亡くなった事を聴かされた。


 悲嘆に暮れた僕は、務めていた騎士団を辞めて、少い退職金を受け取って、それを食い潰しながら、家に引き籠もっていた。

 

 それが、十年前の二十歳の事だった。


 あれから僕は、日常を取り戻していたが、騎士団には戻らず、しがない冒険者として生計を立てていた。


 だが僕は、家に帰ると彼女の写真を机に置いて、呑めない酒を呑むようになっていた。

 一口で顔が赤くなり、じきに眠りに就くのだが、僕は酒がないと眠れない身体になっていたのだ。


「アリシア……」


 僕はそう呟いて、涙をこぼした。






   






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