第16話




 私たちはバスを降りて、ベンチに座ってた。


 目が、少しだけショボショボした。



 「私はいつの間にか、病院に行かなくなったんや」



 キーちゃんは手に取った石を手に持ちながら、それを砂浜に向かって投げた。



 「そうなん」


 「うん。心のどこかでわかっとった。亮平が目を覚まさないってこと。でも、それがわかっとるからって、彼に会いに行かない理由にはならない。朝起きて、靴を履いて、どこに行こうかって、そんなの、打算的に考えたってしょうがないやん?」


 「あんたはいつも行き当たりばったりやけどな」


 「うるさいな」


 「ごめんごめん」



 ベンチから立ち上がったキーちゃんは、海に向かって歩き始めた。



 「信じたい、って思いがあった」


 「なにを?」


 「彼が、まだ傍にいるってこと」



 私も立ち上がって、キーちゃんを追いかけるように歩く。


 砂浜に海風。


 キーちゃんの短い髪が、日差しに当たってキラキラと美しい。


 コンクリートの地面が砂浜に変わったとき、靴を脱いで裸足になった。



 「ある朝、目が覚めたら、少しだけ遠くに感じた」



 キーちゃんはなにも言わない。



 「病院にいる彼が、次第に遠くに見えてな…」



 それがどういう意味を持っているのか、いまだに整理がついていない。


 けれど、確かに心の中で願っていたことが、時間を追う毎に背筋を曲げて、弱々しくなっていき、靴紐をまともに結ぶことさえできなくなった。


 私はまだ、彼にさよならを言う準備ができてなかった。


 だけど、一体どんな顔をして彼に会えばいいのかも、もうわからなかった。


 曇り空が広がる。


 上を見上げれば、カンカン照りの太陽。


 それにもかかわらず雨の匂いがする。


 梅雨はもう明けてしまったというのに。



 「彼に会える日が、明日になったら来るかな?」



 キーちゃんは間髪いれずに答えた。



 「明日になったら、もう顔も見れんかもしれんのやで?」



 そんなことはわかってる。


 少しの間沈黙が入って、私は私の心が言えるだけの力を持って、答えた。



 「私はただ、せめて私の心の中だけでは、彼を生かしておきたい。なにもかも失って、全部失くなっちゃうくらいなら、昨日の私が、昨日の彼に追い付けばいい!」

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