第14話



 「頸動脈が損傷してる」


 「頸動脈を結ぶしかない」


 「脳への血流が止まるぞ」


 「後遺症が残る」


 「だが今すぐに決断しなければ、手遅れになる」



 そこでおばあちゃんの声が聞こえた。



 「このままだと死ぬんですか」



 なにも言わずうなずく先生。


 その言葉の先で、亮平はただ頷いてた。


 先生たちは頸動脈を結束する準備を始めた。




 目を閉じる準備ができていない。


 私たちは、まだ、目を開けていなければならない時間にいる。


 朝焼けの日差しに手を伸ばして見てた。


 雨上がりの街。


 雫が道路の水溜まりの上で跳ねる。


 揺れる感情の奥底で、必死に手を伸ばして見てた。


 まだ間に合う。


 また、必ず朝が来る。


 雲は晴れ間の下を通って、街の地面の上に影を運ぶ。


 颯爽と吹き抜けていく音。


 地面のすれすれを飛んでいく、——海の匂い。



 ベットのシーツをはぐって、全開に開いた部屋のカーテン。


 窓を開けると優しいそよ風。


 まるで世界が一番近いところで、鮮やかな光を届けているかのように。



 「外傷室へ連れて」


 「心配停止。急いで!」


 「マッサージ…!マッサージ!」


 「どいて!」


 「電力を上げる」


 「1、2…」



 何度も、何度も話しかけてた。


 明日には晴れるって。


 雨は、もうすぐ明けるって。


 雨上がりの雲はいつもよりすこしだけ、高かった。


 新しい朝の日差しは、いつもより少しだけ眩しかった。



 ねえ、亮平。



 肩に力を入れる先に指。


 頬をさする。


 肌に温もりを感じる。


 指の先、見慣れた白い肌。


 病室の暖房はよく効いていて、ペットボトルの水はカラカラになった。


 夜通し聞いていた、何気ないNHKの番組も、いつの間にか朝のニュースを取り上げている。


 夏はもうすぐ秋を迎える。


 その季節の変わり目に咲いた、彼岸花。


 病院の廊下でカツンカツンという靴の音が聞こえる。


 少しだけ背伸びして、部屋の外に出よう。


 少しだけ大きめにアクビして、何気ない朝に挨拶を交わす。



 ねえ、亮平。


 急がなくて大丈夫だから。


 

 バイクの音が聞こえている。


 一本調子に回転を上げる。


 この街一番の低い音が、須磨の海のさざ波の下でレスポンスする。


 一本の道と青い空。


 その中心をかけ抜けるのは、ロングストロークと、700ccのエンジン。

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