第11話




 ハハッ


 彼はそう笑いながら、急に真面目な顔になった。



 「真面目な話なんやけどさ」


 「うん」


 「俺はお前と出会う前、…なんて言ったらええんやろな。その…、この世界とは別の場所におったんや」



 不意に出てきた言葉に、私は固まる。


 もう一度聞き直そうかと思った。


 でも、言葉はうまく出てこなかった。



 「びっくりしたよな?…すまん。でも、いつか話さなきゃいけないと思ってた。いつか、お前に伝えなきゃいけないと思ってた」



 防波堤のすぐ下で、波が高くなったり、低くなったり。


 私はその音を聞いてた。


 水が岩にぶつかりながら、水しぶきのかすかなざわめきが、鼓膜の内側をくすぐる。


 静かな夜が、海の上に揺れている。


 亮平の言葉は、いつもよりもほんの少し、小さく響いてた。



 「アホみたいな話やろ?嘘やと思っていいから、とにかく聞いてほしいんや」


 「…嘘、って?」


 「俺がいた世界のこと。お前と俺が、初めて出会った場所」



 ここじゃない世界から来た、と、亮平は言った。


 その表情は、真剣だった。



 「どう思う?」


 「…どう思うって」


 「信じられんか?」


 「信じられるわけないやろ」


 「ハハッ。まあ、そうか」


 「ふざけとる?」


 「大真面目や」



 真面目な話には思えなかった。


 ここじゃない世界から来た。


 そんな突拍子もない言葉が、現実には思えなかった。



 「隠すつもりはなかったんや。せやけど、どうしても、この世界が心地良くてな」



 バイクにもたれた私たち。


 ハンドルにかけたジャンバーが風に揺れる。


 亮平は胸ポケットからタバコを取り出して、ライターの火をつけた。


 何も言えない私の口から漏れた白い吐息。


 かすかな鼓動。



 「どうしたって説明できんけど、俺たちは確かに、ここで出会ったんや。少なくとも、俺がいた世界では」


 「ねえ、私って、そこまで馬鹿に見える?」


 「どういうことや?」


 「どういうつもりか知らんけど、こんなところまで来て冗談なんて笑えんで?」


 「…はぁ」


 「本当のことは?」


 「本当って、何がや」


 「なんでここに来たんかや。ただの気まぐれ?」


 「阪神淡路大震災があったやろ?」


 「…え、ああ、うん」


 「あの地震で、俺は岡山に引っ越したんや。ま、引っ越したって言うても、俺が生まれる前の話やけど」


 「神戸に住んどるやん」


 「こっちの世界ではな?俺がおった世界では、そういうわけにはいかんかった」


 「ふーん」


 「んで、お前は旅行かなんかでこっちに来たんや。この港で、初めて、お前とすれ違った」



 彼の話が、予想の斜め上を進んでいった。


 冗談にしてはやけに凝ってた。


 どこまで付き合えばいいんだろう。


 そう思いながら、耳を傾けてた。


 この際、最後まで付き合ってあげてもいいかなって思いつつ。



 「俺が学校に行かんのは、行ってもしょうがないからや」


 「バカやからやろ?」


 「そういうわけやなくて(笑)」


 「じゃ、なんで?」


 「こう見えても、俺はもうだいぶ歳を取ってる」


 「はぁ??」


 「色々と複雑なんや。こっちの世界に来たんも、お前に会うためやし」


 「…私に、会うため?」


 

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