第10話



 婆ちゃんなら、心配いらん。



 そう言いながら、ヘルメットを被せた。


 

 「さあ、もう行くで」



 そう言って、ノズルの蓋を締める。





 バイクのコールが鳴っている。


 あの夜も、そうだった。





 「お前に見せたいもんがある」



 見せたい、…もの?


 なにも言わない亮平。


 高速道路を降りて到着した場所は、早島インター。


 倉敷の街並みが広がる。


 夜が更けて、辺りはもの寂しいほど静まり返ってる。


 こんな場所に、一体何の用事があってきたんだろう。


 そう考えている傍らで、不意に聞こえてきた言葉。



 「もう少ししたら、俺たちが出会った場所に着く」



 私たちが出会った場所。


 それっていつだったっけ?


 確か、小学生の頃だったっけ?


 学校の帰り道、ほっぺに絆創膏を貼ってる男の子がいた。


 どこかやさぐれてて、生意気で、そのくせ、泥だらけで。


 もうずっと昔のことだから、はっきりとは覚えてなかった。


 だけど、こんなところじゃないことは確かだった。


 こんな、辺鄙なところじゃ。



 こんなところじゃなかったよね?と聞くと、亮平もそうやな、と笑っていた。


 そうと知りながら、私たちが出会ったところに行くと言う。


 なんの疑いもなしに。


 まっすぐ、前を向いて。



 ねえ、私はあんたの子供の頃を知ってる。


 生まれ育った場所を知ってる。


 自分の記憶が、それを確かなものにできるほど正確に遡れるわけではないけれど、遠い昔の記憶が、ここではないことを教えてくれる。


 それにも関わらず亮平は、山道を超えて道路を渡った。


 見えたのは港町だった。



 はじめて見る場所が、そこにはあった。


 夜空の星がよく見える。


 海風が雲を運び、海の水面を動かしている。


 明かりのついていない家。


 眠っている街。


 いやそれは「街」なんだろうか?


 山道から見えたその景色はどこかもの寂しく、どこか、こじんまりしている。


 ここがどこかはわからない。


 初めて見る景色に違いはない。


 北か、南か、世界のどの方角に、この場所が位置しているのかはどうでもいい。


 亮平は、ここが私たちが出会った場所だと言った。


 もしそれが本当なら、連れていってよ。


 その場所に。


 その一番近いところに。



 バイクは一本の坂道を下って、街の一番低いところに下降していった。


 波の音が聞こえる防波堤の一番手前、その位置でヘルメットを脱いで、ヘッドライトを消した。



 「俺たちはこの海で出会った。もうずいぶん昔のことやけど…」



 まさか、海の中で出会った訳じゃないよね?


 冗談混じりに談笑しながら、ジャンバーのチャックを下ろす。


 少し暑い。



 「お前に話したことなかったよな?俺が学校に行かんかった理由」



 学校に…?


 今さらなにを言ってるんだろう。


 そんなの昔から知ってるよ。


 あんたがバカだからでしょ?

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