第7話



 分かるはずがないんだ。


 私の気持ちが。



 引っ込みのつかない気持ちの先で、真夏の夢は掻き消えた。


 それでも私の顔を見ながらやさしく、泣くなと言ってくれたよね。


 覚えてるよ、あの時の感情を。


 なんて厳しいヤツなんだって思った。


 自分のしでかしたことや、過ち。


 どうしようもないくらいの羞恥心が、自分を殴り倒そうとしているくらい責めて、責めて責めて、それでも行き場がないくらいに追い詰められた心が、涙に変わる。


 それを止めろって言うんだもん。


 そんなの、できっこないよ。


 いっそ、思いっきりビンタしてほしいくらいなのに。



 10個数えるから、前を向けって言われた。


 目をつむっていてやるから、涙を拭けって言われた。



 ねえ、亮平。


 いっそ前が見えないままで、あんたの隣に座っていたかった。


 「お前のせいで負けたんや」

 

 そう言われたときの悲しさを抱えたままで、くじけそうになる心を抱き締めていてほしかった。

 

 いつもどんなときもそうだ。


 私たちは須磨の海の横で、その真正面に広がる青い空に手を伸ばした。


 亮平は海が好きだった。


 バイクが好きだった。


 あの日もそうなんだ。


 きっとね。


 なにかに挫けそうになったとき、なにかを手に入れたいと思ったとき、心の向かいたい場所。


 目指しているところ。


 高鳴る鼓動に乗っかって、道路の上をひた走る。


 しがみついた私の両手に、大きな心臓の音。


 エンジン音と重なった、追い風1.5メートル。



 どうしようもなく悔しくて、それでも自分を守ろうとする心がここにある。


 しがみついた亮平の背中に乗っかり、夜の街をぐんぐん走る。


 海の上で灯台の明かりが水面を泳ぐ。


 自分の汚い心をまるで全部知っているかのように、亮平はただ、なにも言わずまっすぐ走ってた。


 私の知らないところに連れていこうとしてた。


 

 亮平は知っていたんだ。


 ぐちゃぐちゃになった心がどうにもならずに、立ち止まってしまったこと。


 それでもなにかにすがり付いていたい気持ちを持っていたこと。


 自分が嫌いになるほど醜いのに、なにかに甘えたいと思っていたこと。



 ボールを落とした。


 友達に言われた。


 大切な瞬間に、くだらない感情を持った自分が、心底嫌いになった。


 だからどうした?



 亮平はバイクに乗りながら風を起こして、私の前髪を拐った。


 靡く風の先で涙が乾いていく。


 涼しい風が前方からやって来る。



 「泣きたいんやろ?せやったらそのまま泣いとれ」


 「泣いてなんかない!」



 私は大嘘をつく。


 震える声の先でハンカチが湿る。



 「明日学校なのに、あんま泣いてたら目腫れるで」


 「やから泣いとらんって!」



 亮平はどこかに行こうとしていた。


 ここじゃないどこか。


 須磨の海岸を通りすぎて、瀬戸内海の海が見えた。

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