第6話



 私たちは世界中のどこかに、きっといた。


 同じ時間、同じ場所で。


 走るバイクの背に股がりながら、亮平は世界中の誰よりも早くアクセルを踏みしめていた。



 「なあ、行きたいところとか無いんか!?」



 強烈な向かい風のなかで亮平の声が聞こえる。



 「別にない!」



 私は大声で返す。


 一直線上に続いていく道。


 肩に力が入る。



 「行きたいところがあるなら教えぇよ!?どこでも連れてったるからさ」


 「どこでも!?」


 「ああ!」



 バイクは信号で止まる。


 そしてまた走る。


 煙草を吹かす亮平の後ろ姿が慣れ親しんで見える。


 理由もなく私を連れ出して、他愛もない会話をして、いつしか須磨の海の景色が、瑠璃色に輝き始める。



 春も、秋も、澄みきった空気の匂いが鼻の中を掠めた。


 エンジンの音と共に連れられていくスピードに乗せられて、一緒に歌を歌った。


 いつか地球の果てまでもたどり着けそうな勢いで、私たちは一緒になにかを探してた。



 いつだっただろうか。


 理由もなくエンジンをつけて、夕闇の中に闇雲に突き進んでいったのは。



 いつからだっただろうか。


 泣きじゃくる私を連れて、街の一番向こうまで行ったのは。



 鮮やかな色を切り取ろうとする。


 みずみずしい音を拾おうとする。


 加速する景色の断片から、やさしい声が聞こえた。



 海、街、道路の向こう側。



 街の反対側に行ったとき、世界はまだ青かった。


 太陽は傾いていたかもしれない。


 雲は山の向こうに流れていこうとして、オレンジ色になる。


 涙で前が見えない。



 ある日、友達に言われたほんの一言。


 9回裏2アウトの場面で、グラブから落ちたボール。


 私のせいで負けた試合。


 蝉時雨が私を一斉に追いかけた、ある夏の季節。


 どんな言葉も、どんな景色も、やり場のない感情の中で敵になった近畿大会夏の決勝。


 負けた試合の後、肩にすがり付く私を乗せて、どこか遠い場所に行こうと言ってくれたよね。


 初めは嫌だったんだ。どこにも行きたくなかった。


 海も、夏も、街の一番綺麗な場所も、涙でぼやけてしまってなにも見えない。


 どこに行こうと、何をしようと、この心で綺麗に掬えるものは何もないと思ってた。


 亮平は私の頭をくしゃくしゃに撫でながら、「泣くな!泣き虫」と言った。


 手を引っ張って、ここじゃないどこかへ行こうと言った。



 「亮平にはわからない」



 そうかもな。



 亮平はそう言う。


 それが堪らなく悔しくなって、何度も同じセリフを繰り返し吐く。



 「私のせいで負けたんや。私のせいで…」



 亮平もあの試合を観ていた。


 あの場面を観ていた。


 ボールを落としたあのプレー。


 会場がどよめく。


 

 初めは理由もなく悔しかったんだ。


 ボールを追って、落下地点に入ったとき、真夏の太陽の日差しにやられて、なにも見えなくなった。


 私のせいだとか、ごめんなさいとか、そういう気持ちよりも先に、予測していない感情の先で、恥ずかしいという気持ちが心を支配した。


 それがなによりも、悔しかった。



 今まで私はなにをしていたんだろう。


 皆と一緒に練習しながら、夢を追いかけていたはずなのに、私はボールを落とした途端に、自分の身なりが気になった。


 皆が見ているその先で、掴めなかった試合の結末よりも、予測していない感情が先に来る。


 カッコ悪いなんて思ってしまう。



 レギュラーを取りたいという気持ち。


 試合に出られた喜び。


 そんなものが泡となって掻き消えてしまうくらいの冴えない気持ちの綻びが、あの夏の季節に泳いでいる。


 くだらない気持ちの先で、自分の底が知れる。



 私のせいで負けたなんて、よく言うよ。


 自惚れも甚だしい。


 ボールがこぼれたから、地面に落ちたから、悔しかった訳じゃない。


 ボールが落ちてしまった理由を知っていたから、悔しかった。


 自分のことが嫌になるほど嫌いになりそうだった。

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