夏の終わりに

第1話




 「ほな、行くでぇ!」



 合図をかけたのはキーちゃん。


 自転車の後部座席で私は頷きながら、


 「レッツゴー!」と調子を合わせる。


 私たち2人は青空の真下にいた。


 キーちゃんが漕ぐペダルの上で、両手いっぱいに大きな地図を広げた。



 知らせを受けたのは午前11時だった。


 中学の頃の友達から、「急を要するから急いで来て欲しい」との連絡が入った。



 「リョウの入院先って、どこ?」



 キーちゃんは言った。


 街の坂道を下りながらたな引く風。


 その風に揺れながらパタパタと波打つ紙きれの地図を見て、指を指した。


 地図の北側に位置する病院の座標に。



 「ここだよここ」



 自転車と急ブレーキ。


 キキーッという音を響かせて、キーちゃんは振り向きざまその行き先を見た。


 2人が目指している場所。


 北緯35度と残暑の夏。



 「はよ会いに行くで!」



 季節はもう9月で、夏の終わりの日差しが、秋の向こうから訪れる頃。


 時刻は昼間を過ぎていた。


 アスファルトの上に写し出されている街の影は、倒れるように東へ傾いている。


 まだ蒸し暑い夏の終わりが、私たちを後ろから追いかけていた。


 自転車の後方に吹く追い風が吹き抜ける。


 キーちゃんが漕ぐペダルに乗っかって、この日一番の午後の陽気が降り注いだ15時。


 電車の時刻表を見ながら聞いた。



 「ねえ、会ったら何言えばええんかな!?」



 加速する自転車の上で前髪が乱れる。


 弾む言葉。


 回転する車輪の音に紛れながら、私の心臓は動いていた。



 「さあな!」



 伝えることなんてないのかもしれない。


 2年だもんね。


 亮平と会わなくなってから。




 駅に着いた後、片道切符を買った。


 キーちゃんは笑いながら、前だけ見てろって背中を押して。


 何も持たずに家を飛び出した。


 手提げ袋も何もない。


 改札口を通って、エスカレーターを下る。


 3番線のホーム。


 行き慣れない方角。


 朝から何も食べていなかった私は、線路沿いの売店で、ポテトチップスを買った。


 本当は食欲なんてないんだけど、キーちゃんがなにか食べたいって言うからさ。


 付き添いのお礼に、はい、これ、と言って袋を開けて、コンソメ味のポテチをプレゼントする。



 15時15分。


 電車が来た。


 プシューッという空気の抜ける音と一緒に開いたドア。


 ホームには「西宮行き」のアナウンス。



 ヘッドホンをつけて流した「Wild mustang」。


 阪神線の上を走る電車が、ガタンゴトンと揺れている。


 窓越しに過ぎていく街の横で、天気予報は晴れのち曇り。


 午後からは雨が降るって。


 そんな予報がウソみたいに晴れた空の下で、



 「傘、持ってくればえかったな」



 ってキーちゃんが。



 車内で「次は新長田〜」というアナウンスが流れている。


 須磨から西宮までの30分。


 窓から見える景色を眺めて、「コンソメ味は最高!」って強がるセリフ。


 焼け焦げたパンのように冴えない気分が、朝からずっと続いているのに。

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