第9話 王の孤独

扉が破られ、暴徒たちがダリアスの部屋に押し入った。王に対する憎悪と怒りが頂点に達した瞬間だった。怒り狂う群衆の目は血走り、今にもダリアスに襲いかかろうとする。だが、ダリアスは彼らを前にしても動くことはなかった。彼は静かに、運命を受け入れる準備をしていた。


「ここにいるぞ。私は、逃げない。」


ダリアスの声は静かだったが、群衆はその言葉を聞き逃すことはなかった。暴徒たちは一瞬戸惑い、王の意外な態度に息を呑んだ。彼らが目の前にしているのは、もはや威厳を失い、全てを諦めた男だった。王としての姿はどこにもなく、ただ人々の怒りを受け止める覚悟を持った一人の人間がそこにいた。


「何をしている! こいつが俺たちをこんな目に遭わせたんだ!」


一人の男が叫び、群衆の中から数人が前に出た。彼らはダリアスを捕えようと手を伸ばしたが、その手が彼に触れる直前、誰かが止めた。


「待て! 王が何をしたというんだ?」


その言葉に群衆がざわめいた。暴徒たちは目の前の王を見つめながら、突然の疑問を抱き始めた。確かに、王は無策であったが、今この瞬間、彼は彼らの目に脅威ではなく、ただの孤独な男として映ったのだ。


ダリアスはその様子を見つめながら、静かに口を開いた。


「私は、王としての役割を果たせなかった。それは認める。だが、私がこの国を破壊したわけではない。私を操り、国を食い尽くしたのは、お前たちが本当に憎むべき存在、私を囲んだ権力者たちだ。」


彼の言葉に群衆は再び動揺した。確かに、彼らの怒りの矛先はダリアスに向けられていたが、心のどこかで、その背後にある腐敗した権力者たちの存在を感じていたのだ。王を責めることは容易だった。しかし、国を食い物にしていた真の敵は、すでに逃げ出していた。


「お前は無能だ! だが、他の奴らは…」


群衆の中から声が上がり、暴徒たちは次第に不安定になり始めた。ダリアスの言葉が彼らに何かを思い出させたのだ。権力者たちがいかにして国を支配し、国民を搾取していたか、彼らは今さらながらその事実に気づき始めた。


「私は無力だった。王として、国を守ることもできず、国民を救うこともできなかった。しかし、私を操っていた者たちは、今この国を見捨て、逃げ出した。私が言いたいのは、それを忘れないで欲しいということだ。」


ダリアスはそう言うと、深く頭を下げた。彼にはもう誇りもなく、ただ自らの失敗を受け入れ、最期を迎える覚悟があった。彼の言葉は力強いものではなかったが、その静かな決意は群衆に何かを訴えかけた。


「この国を滅ぼしたのは、私だけではない。」


その言葉が空間に響き渡ると、暴徒たちは次第に静まり返った。彼らの怒りの矛先が曖昧になり、誰を責めるべきか分からなくなっていた。そして、彼らの中には、自らの行動に疑問を感じ始める者たちが出てきた。


「王は…逃げないのか?」


一人の男が問いかけた。ダリアスは首を振り、静かに答えた。


「私は逃げない。この国と共に滅びる。それが、私の最後の責任だ。」


その言葉に群衆は何も言えなくなった。彼らの前にいるのは、かつての無能な王ではなく、自らの失敗を認め、運命を受け入れた一人の人間だった。暴徒たちは次第に武器を下ろし、その場を離れていった。


ダリアスは、彼らが去っていくのを見守りながら、一人静かにその場に立ち続けた。王としての孤独が、彼を最後まで包み込んでいたが、彼にはもう何も恐れるものはなかった。

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