# 011 カーディガンズ

 角丸さんに一方的につるむようになってからというもの、驚くことばかりだね。


 まぁ、どういうことかっていうとさ。今日は早起きができたんだよ。

 変な時間に一度起きるっていうこともなくぐっすり眠って、それで朝を迎えたんだ。いつも遅刻する原因は夜中の三時とかに目が覚めちゃって、それから何とか二度寝をしようとするからなんだ。眠いのに目が覚めるんだよ、変な話だよね。


 それで階段を下りてテレビを回すと、左上にきちんと『五時四十分』って書いてね。昨日みたいに寝過ごしたわけじゃないって分かって一安心したよ。

 とはいえ、登校するまでには思ったより時間があってね。というのも、うちの学校ってホームルームは八時半からでさ。

 とにかく、やることが思いつかなかったからパパっと朝食を食べて、歯を磨いて、制服を着て登校の準備を済ませたんだ。


 それでも時間が随分余ってるんだ。それで、時間が来るまでゲームをやろうかって思ったんだけどさ。俺はゲームをやるとのめり込んじゃって、一時間とかそこらじゃ済まなくなるから止めといた。


 そんなんだから手持ち無沙汰になっちゃってね。それで何をしようか悩んだ末、いつもより早く家を出ることにしたんだ。


 教科書を詰めたカバンに先週買ったマンガをいくつか詰めて、床から取り上げる。それで、なんてことのない足取りで玄関に向かったんだ。ドアノブに手を掛けると、朝がやってきて間もないからか、やけにひんやりしてるんだ。


 それでドアを開けると、目に飛び込んできたのは空だったんだ。日が出て間もないって感じでね、紺色にぼんやりと明るいんだよ。


 それで歩き出して、一つ深呼吸をしてみると肺がスーッして心地いいんだ。車通りがまだ無いからかな。

 登校なんだけど、家からバス停までは十分くらいでね。ほとんど一直線だからそこそこ歩くんだけど、時間帯だけに見慣れない景色なんだ。


 商店が面した通りを歩いていると、ガラガラとシャッターを開ける音がちらほら聞こえるんだ。それに、すれ違う人も少なくてね。シャッターを持ち上げてる眠そうなおっちゃんと、朝からランニングをしてる人の二種類しかいないんだよ。

 でも、少し離れるといよいよ人も音も無くなってね。まぁ、あれだよ。


「あーた~らし~い あーさが来った きーぼ~おの……」


 人がいないわけだからさ、テンションが上がっちゃってね。バス停に着くまで、そこそこの声で歌を歌ってたんだ。


「そーれ 一、二、さ……」


 うろ覚えのラジオ体操の歌詞を七周くらい歌ったところでバスがちょうど来てね、俺のライブは幕を閉じたんだ。


 ただ、不覚というべきかね。バス停にはスーツを着たサラリーマンの人がいてね。歌をおもっくそ聞かれてたんだな。そんなんだから、すんごい気まずい訳さ。

 それに『フッ』って鼻で笑いやがってさ。歌ってた方が不用心だったのは認めるけど、鼻っ柱をグーでへし折りたくなったね。



 薄暗かった空も明るくなってたころに、俺は学校に着いたんだ。

 それで、校門前を守衛さんが歩いていたんだ。五分前とかそこらで校門を開けましたって感じでね、鍵束をチャカチャカ弄ってるんだよ。


「おはようございます!」

「おは……うっそお!?」

「早起きしました、文句あります?」

「よく起きれたな、遅刻魔くん。 今日は槍が降るな、休校だ休校!」


 早く来たってだけで随分とフランクな反応だよ。中々の無礼ってもんじゃないかな? まぁいいけど。


 実を言うとね、この守衛さんとは顔馴染みなんだ。よく遅刻するから顔を覚えられたんだよ。最近じゃ旅行のお土産をくれるくらいにはよくしてくれるんだ。


「ただ、残念! 早起きしたところ悪いが、君は二着だ。流石にいつも早くに来る子には敵わんな」

「なんすか、そのやべぇ奴は」


 正直ね、学校にここまで早く来るのってアホのすることだと思うんだ。

 まず、うちの学校って校内でスマホを使っちゃいけないんだよ、学業に関係ないとか何とかでさ。マンガとかは以ての外だよ。

 それで、ホームルームが始まるまであと一時間半くらいあるんだけどね。その間、娯楽無しで何をすりゃあいいんだって話だよ。勉強は例外だよ、娯楽にしては苦行が過ぎるからね。


 そうなると、いよいよ寝るしかないってことになるんだけどさ。寝るにしたって、硬い机に寝そべるくらいなら家で寝たほうが良いに決まってるじゃない?


 そういう訳で早く来る奴はアホ、証明終了……っていこうと思ったんだけどさ。いざ、教室に着いてみるとね。


「♪~♪~♪♪~」


 クリーム色のカーディガンに細いお下げ、憎きヘッドホン。見覚えのあるその姿。

 角丸さんが窓の外を見つめて、上機嫌そうに鼻歌を歌ってたんだよ。いつも威嚇するみたいに低い声で話す彼女には似つかわしくない高音でさ。おまけに、サビで音がひっくり返ることもなくて結構上手いんだよ。知らない曲なんだけどさ。


 おかげで教室に入りづらいわけだから、こうして扉の裏に隠れてるんだ。鼻歌を歌ってるとこにいきなり『やぁ、こんにちは!』って入りづらいじゃない?

 そんなんだからすごい気まずいんだけどさ。ただ、今は彼女に結構好感を持てるんだ。




 ほら、恥かかせられるじゃん? 早朝のサラリーマンの時みたくね、恥を掻くのは俺だけなんて訳には行かないじゃない?




『入りづらい』っていうのは『入らない』とは違うんだな。勘違いしちゃいけないよ。


「ブラボー! ブラボー!」

「ひゃっ!?」


 一通り終わったところでカスッカスの指笛を一つ吹いて、拍手をしながら教室に入ると角丸さんの肩がビクッとなってね。


「……」


 ヘッドホンを取って、こっちを見るとムスッっと黙っちゃったんだよ。そうしていつものクールにスカした角丸さんが完成したんだけどね、心なしか顔がちょっと赤いんだな。


「……今日は早いのね」

「はは、守衛のオッサンにも言われたよ」


 何というかあからさまだよね、恥ずかし紛れにしてはさ?

 声もいつもの戦闘態勢に戻ったんだ。さっきまでの高い音はどこへやらね?

 ただ、完全には戻れてなくてね。つまり、声がちょっと震えてるんだ。やっぱり、一人で歌ってるのを聞かれて恥ずかしいんだな。


「ヘッドホンで音楽なんて聴いちゃっていいの? 禁止されてんのにさ」

「……いいでしょ、別に。私の成績には影響は出てないわよ」


 相変わらずツンケンして素っ気ないんだな。ちょっとデレたと思ったら、すぐこうだよチクショウ。

 そんなんだから、ちょっと悪戯心が湧いてきたんだな。そら、掘り返してやろう。


「まぁね。 それでさ、さっきのって何の曲だったの?」

「……バンド」


 質問に対する答えとしちゃあ、情報量が絶望的だね。『昨日は晩御飯で何食べた?』って質問に『食べ物』って答えるやつがいるかよ?

 にしても、角丸さんって意外とそういうのを聴くんだね。曲って聞いといてあれだけど、音楽じゃなくリスニングの教材か何かとかだと思ってたんだよ。


「もうちょっと詳しく教えてくれないかなぁ?」

「あなたに関係ないでしょ」

「おぅ……」


 結構マジで知りたかったけど、こうも拒まれちゃどうしようもないね。どうにも、昨日の猛アタックは効力を失っちゃったみたいだよ。

 鼻歌を聞かれてご立腹なんだろうね、自分の不注意が原因だってのにさ。


「いいもんね、俺はマンガ読むしぃ~」



 わざとらしくそう言って、俺はカバンに詰めたマンガを堂々と読んでやることにしたんだ。こっちとしては腹いせのつもりなんだ、『面白そうだろ? 頼んでも読ませてやんないもんね!』って感じでさ。


……いやはや、俺はいつまでもお子様だね。自分でも思うんだけど、やることがいつも幼稚なんだ。


 でもね、大人になるっていうのが米田とか鬼塚見栄と建前だけのウスノロ共みたく薄汚れることを言うなら、子供みたく純粋でいる方が千倍もマシだと思うんだ。


 読み始めて十数分。マンガは真っピンクなお色気シーンに差し掛かる中、場面に似合わずそんなことを考えていたんだけどさ。


「……マンガって、面白いの?」


 ふと、角丸さんが口を開いたんだな。どうも興味がある感じでね、体をこっちに傾けてチラッと覗こうとしてるんだ。俺は中が見えないようにパッと閉じたんだ、場面が場面だからね。


「そりゃあ最高だよ」

「へぇ……どんなのを読んでるの?」


 さて、どう答えたものかな。仮にだけど、バカ正直に『純粋に不純な、ちょっとエッチな学園ラブコメです』なんて言ってみろ。ひき肉にされるんじゃないかな。


「……人生、かな?」

「あなたが読んでるの、マンガでしょ」


 見事なツッコミなんだけどさ。そう口にした角丸さんの目は、まさに可哀想な人を見る目だったんだな。


 いやさ、『理想の人生』って意味じゃ合ってるだろうよ。読んでもいないのに、どうしてこうも憐れまれるんだろうね?

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隣のクソ真面目には友達が必要なんだと思う。 じゃんけんで銃を出すタイプの人 @cest-la-faute-de-lamour

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