# 003 待って
鬼塚との話し合いが終わり、二限開始のチャイムも鳴った。なら、今の俺は教室で授業を受けている……という訳ではない。
なにが二限だ。サボってしまえ、そんなもの。
もちろん、何の理由も無くサボるのは良くないのは分かるよ。だけどさっきは(取り越し苦労じゃあったけれど)大変な思いをしたわけだ。だから、今の俺には自由を主張する権利がある、はずだ。多分。きっと。
そんなわけで、今は四階と屋上の間の階段で横になっている。本当は屋上に行きたいところだけど、アニメみたいに上手くは行かないんだよ。俺は主人公じゃないし、屋上は鍵が掛かって入れないからね。
にしても、秋の穏やかな日差しを受けながら読むラノベは最高だね。二限の嫌味な英語の授業を受けるくらいなら、マンガなりラノベを読んだほうが百倍は有意義だよ。
俺は日本人なわけで、日本語さえ話せれば十分だよ。英語だとか、グローバルなんて知ったことじゃない。
……けれど、今は別だ。俺の留年が掛かっているからね。不本意だが角丸さんと仲良くしないといけない、今月末までに。
そういうわけで、俺も教室で英語を受けることにした。一緒に授業を受ければ、何か変わるかもしれない。気は乗らないけど。
◇
授業の内容はまぁ、大体予想通りだったよ。内容は教室の角の席から順番に教科書の音読とその和訳、一方の俺は全くついていけない。どうにも、俺がいない間に内容が進んでいたらしく今開いているページには見たことのない単語や文法ばかりだ。
うちのクラスで英語を受け持っているのは米田先生だ。びっくりするくらい濃い化粧をしていて、帰国子女らしく、長い髪をかき上げて肩に流している女の先生だ。厭味ったらしい口を叩くから、俺は正直嫌いだ。
さて、今教科書を読み上げている奴は俺の席の真正面にいる。つまり、次は俺の番だ。これはまずい。
「では、遅れてきた佐上京介くん。Translate The PAssage JUst read out in EnGLish inTO JApaNeese.」
多分、『和訳しろ』って言ってるんだろう。米田先生らしい、ねっちょり癖のあるジャパニーズイングリッシュだ。
まったく、厭味ったらしいことこの上ないな。遅れたことを注意されるなら分かるけれど、もう少しやり方があっただろ。
『分かりました。では……』
『F○○k You!』
……なんて、言える度胸があればなぁ。
「すみません、あまり英語が得意じゃないので分かりません。勉強はしたんですけどねぇ……」
「でしょうね、佐上くん。 あなた、いつも真面目に授業を聞いていないものね!」
そうして、クラスは大きな笑いに包まれる。まぁ、ちょっと痛い思いをするだけで笑いを取れるなら安いもんだな、ハハッ。こういうのは慣れっこだ。
「ははは、すみません」
恥ずかしそうに笑って、頭を掻くふりをしながら席に着く。情けないったらありゃしない。
「……」
周りは全員笑っているけど、予想外というか、案の定というか。左の席からは全く声が聞こえない。空気が読める人なら笑うところだと思うんだけどね、誰かの赤っ恥はみんなの笑いの種だからね。
その席の主は角丸さんなんだよ。
彼女は笑ってなんかいなかった。それどころか目すら向けていない。ただ、じっと他のクラスメイトを眺めていた。
何だか興味が湧いてきて、俺は角丸さんに目を向けた。特徴とか、仲良くするためのヒント探しのためで、他意はないよ。
黒い髪を首のあたりで細いツインテールに結んで、肩から前に垂らした髪型。お下げっていうのかな?
太陽を知らない白い肌、華奢な腰周り、細い腕、繊細な指。目鼻立ちも整っている。
一言で言うと、ぶっちゃけ美少女だ。このルックスでありながら、クラスの男子が惚れた腫れたといった話を全く聞かないのが不思議なくらいだ。
そして何より印象的なのは、キッと睨んでいるのかいないんだか、分からないくらい青く鋭い目だ。あんまりにも冷たい目つきで、周りの人間全員を馬鹿だと軽蔑でもしてるみたいな雰囲気さえ感じる。
……いや待て、これは俺を睨んでいるんだ。
ハッとしたよ。見惚れて思わずガッツリ凝視していた訳だからね。
「じゃあ、角丸さん。 お願いできるかしら?」
「はい、There is――」
リーディングの順番が回って来ると、俺から目を逸らして角丸さんは返事をして立ち上がった。
そうして彼女は教科書の中でも特に長い三行を超える文を、風が吹いて抜けて行くみたいにサラリと読み上げた。それも先生に嫌味でも言うみたいにやけに流暢な英語だ。間違いなく先生より綺麗な発音だ。
心なしか、米田先生は不愉快そうな表情をしている。まぁ、気に食わないのは分かる。
「はぁ……はい、そうですね。 では次を……王子くん!」
「はい!」
気持ちの良い声で答えたのは王子雅臣だ。容姿端麗、文武両道、絵に描いたような好青年で男子女子問わずの人気者。噂ではファンクラブもあるらしい。
それを裏付けるように王子を当てた米田先生も薄っすらと頬を赤らめている。
……赤いのは元からか。米田先生らしくて実に似合ってるよ。厚い面の皮にぴったりな厚化粧だ。
「じゃあ、王子くん。 PLeeaSe Translate The PAssage JUst read out in EnGLish into JApaNeese.」
王子は連続で当てられた。やっぱり、王子は飛びぬけて好かれてるな。
「Of course, Mrs. Yoneda! We all know――」
「PeRfect! 訳も発音も完璧ですね! 続きも読んでもらいたいくらいです!」
王子もやはり、丁寧な発音で文を読み上げた。正直、先生よりも聞き取りやすい。当然先生もべた褒めだ、過剰なくらいに。
ただ、発音が良かったのは王子だけって訳じゃないんだよ……角丸さんって教師からも好かれてないのかな?
王子が読み上げた後、米田先生はこっちを薄ら笑いを浮かべながらこっちを見ている。
「読めなかった佐上くんも、少しは王子くんを見習ったらどうですか? そうですよねぇ、皆さん?」
「「「ハハハハハハ!」」」
『皆さん』じゃねぇよ、相手は俺だけだろ。
いや、落ち着け。笑い者にされるのは慣れっこだ。 こんなのいつものことだろ。 気にするな、気にするな。
俺はまた、頭の後ろを掻いて何とか口を開く。
「いやぁ~俺も王子とか角丸さんみたいに読もうとは思ってるんですよ~」
ヘラヘラすることに関しては、我ながら完璧だ。本当は『お前みたいなヘンテコ英語は勘弁だ』と言いたいところだよ、言えるわけないけど。
癇に障ったのか、米田は『角丸』の名前を出したら一瞬嫌な顔をした。
「……まぁ、頑張ってくださいね。 期待してますよ」
米田はこちらには目を向けず、教科書を見つめながらそう答えた。ちょいと、俺に対する扱いが不当じゃないですかね?
周りは俺を見てニヤニヤしたり、同情の目を向けている。 こういうのは辛いね。
角丸さんは……相変わらず見向きもしない。
こうして、二限はただ笑われ続けて終わりを迎えた。英語の授業を受ける度思うけど、グローバル化ってやっぱクソだ。サボるべきだった。
「大変だったな、佐上」
「やっぱり、嫌な先生だね」
米田が教室を出ていってから、何人かがそんな感じのことを言ってくれた。けど全員、先生の前だとお利口さんで、授業のときは笑ってた奴だった。
こういう事って時々あるけど、その度に俺は胸糞悪い気分になるんだ。まぁ、仕方ない事なんだけどさ。
建前で同情してくれる人はいる、けれど誰も助けてはくれない。涙は流れても、腹の底では笑ってるんだ。ひょっとすると、この世の人間関係って言うのは全部そんな程度なのかな?
助けてくれる仲間……なんて、そこまで望むのは俺には不相応なんだろうね。
でもまぁ、全ての非は授業をちょっとサボって答えられなかった情けない俺にあるんだからどうしようもない。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
でも、まぁ気にするな。考えたってどうにもならないんだから。
それに、今は角丸さんと仲良くならないといけないんだ。気にしている暇はない。
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