# 002 無作法

「……は?」


 仲良くなる? 何のために?

 よくあるマンガみたいに『ゴミ拾いをしろ』だとか『残って掃除をやれ』なら喜んで引き受けた。ケツ以外なら安いもんだ。でもこれはどういうことだ?


 鬼塚は丸太のような腕を組み、眉間にシワを寄せ、いかにもな悩む素振りをする。


「お前も知ってのように角丸は誰とも話さない、誰ともだ」

「はぁ? ……まぁ、そうっすね」

「それだから、角丸には友達が誰もいないんじゃないかと思うわけだ。アイツとしては大丈夫らしいがな」


 鬼塚は困ったように笑った。困っているのはこっちだよ。


「じゃあ、別にいんじゃないっすか?」

「友達がいないんじゃ退屈だろう? 俺は生徒に楽しい学校生活を送ってもらいたいんだよ」

「それは先生が頑張ってくださいよ、雰囲気作りってやつを」


 鬼塚はフッと息を漏らす。ちょうど少しばかり偉くなった人間にありがちな『今から格言を言うから、耳の穴かっ穿ってよく聞けよ?』とでも言いたげな表情だ。


「いいか? 気遣いはな、人のためにやるんじゃないんだ。自分がやりたいからやるんだ。」


やりたいからやる、つまり見返りを求めない。そういう意味では良いことなのかもしれない。良いことを言ってる風ではあるが――


「んな自分勝手な! やんの俺じゃないっすか!」

「頼めるか?」

「イヤっすよ、ゴミ拾いとかじゃダメっすか?」

「お前、人とゴミって……まだ他にも比べるものがあっただろ……」


 鬼塚は呆れたような表情をして俺を見ている。そこからしばらく気まずい沈黙が生まれたが、何かを閃いたようで鬼塚はニヤニヤしだした。

 さっきからコロコロ表情を変えるのは、揺さぶりか何かだろうか? 自分の生徒相手になんて態度を取りやがるんだ。


「ところで、だ。俺は最近、記憶力が落ちてきた気がするんだよ」

「存じt…それは大変ですね」


 さっきから頼み事を断ったりと否定ばかりで、さすがに失礼だから肯定したら一瞬笑顔が浮かんだ。危ないところだったよ。


「佐上、お前は何回遅刻をしたんだっけな?」


 ちょうどさっき言ったばかりだろ……鬼塚って脳みそが外付けなのかね?


「は? 六十回でしょう?」


 チッチッチと鬼塚は指を横に振る。なんか腹立つな、クソッ。


「いいか、もう一度言うぞ? 俺は最近記憶力が落ちてきた気がするんだ。それだからお前の遅刻も何回かは間違えているかもしれないな?」


 タタッと鬼塚は人差し指でキーボードを叩き、『六十五』の数字を消してみせた。偉そうに鼻の穴を大きくする鬼塚の意図を、俺はようやく理解できた。


 鬼塚先生はひょっとすると気が利いて、物分りのいい教師なのかもしれない。


「で、佐上よ。お前は何回遅刻したんだっけな?」

「一度もないっすね!」

「よし、十回だな! 今月中に頼んだぞ、佐上!」


 遅刻の回数を書き換えると鬼塚にバンバンと背中を叩かれて、晴れて俺は職員室から開放された。叩かれた所がビリビリする。良い面をしたがる横柄なおじさん方って、みんな力加減ってものが分からないのかな。


 それと、今月中って言ったか?


「今月中って、何がですか?」


 鬼塚は呆れたような表情をこちらに向けてきた。


「仲良くなるんだよ、今月末までに。さぁ、行け! あと、これ以上遅刻したら擁護はできないからな?」


 今日は十月の十五日だ。 舐めているとしか思えない。

 あまり気が利かないが、物分りの悪くはない教師なのかもしれない。


 何だか気に食わないが、鬼塚は『次の授業があるから急げ』と言うもんだから、俺は職員室を後にした。


 なんだか、いい先生な気がしたのは気のせいだろう。クソッタレ。


 鬼塚タイムは無事に終了して、遅刻回数に関しても救済措置で何とか命拾いはできた。けれど新たな問題が生まれた。


「今月中に角丸さんと仲良く、か」


 変な話だよ、誰かに言われて仲良くするなんてさ。仲良くって、どうやればなるんだよ。


 『友達になってください』って言って、『はい! じゃあ今日からあなたと私は友達です』なんて、都合よく行けばいいんだけどさ。


 よりによって相手が相手だ、ほぼ無理ゲーだよ。 俺が角丸さんならブン殴るもん。

 どうしたものか……俺は角丸さんのことは何も知らない。

 まずは角丸さんについての情報収集からだ。仲良くなるには何よりも接点が必要だ。


 つまりは外堀から埋めていくって訳だよ。何だかラノベのヒロインになった気分だね。

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