追憶 ~クロとの思い出~

影出 溝入

第1話 クロ

ある日玄関を開けると、びしょ濡れになった子犬が震えていた。


子犬は俺をじっと見つめて動かない。

逃げないってことは人に慣れているのか?

近所の飼い主の家から脱走してきたのかもしれない。

とりあえずこのままでは死なないまでも病気になってしまうかもな。


俺は子犬を一時的に保護することにした。



それから十五年。子犬は成犬となり、今日死んだ。

拾ったあの人同じ、土砂降りの日だった。



名前はクロ。

ただ体毛が全身真っ黒だったからという単純な理由での命名だった。


クロは変わった犬だった。

まるで人の言葉が分かるかのような振る舞いを見受けることが多々あったのだ。

飼い主特有の思い込みやこじつけかもしれないが、頭が良かったのは確かだった思う。


クロは我が儘な犬だった。

欲しいものがあると決して引かず、しつこく付きまとう。

自分が要らないと思ったものは俺が必要だといっても拒否し続ける犬だった。

好きだった日当たりのいい窓際で寝ている時は掃除機をかけようと近づくと牙を剥きだして唸る犬だった。


クロは身勝手な犬だった。

散歩コースは毎日変えないと満足せず、同じコースで家が近づくと四つ足すべてで踏ん張って帰宅拒否をする犬だった。

そのせいで自宅周辺のあらゆる小道を完全制覇するハメになった。


クロは食いしん坊な犬だった。

ご飯の時間を分かっているのか、決まった時間が近づくと自分のお皿を加えて俺のとこに持って来てねだるような犬だった。

食べても食べても足りないと催促する癖に、要求にこたえて与え続けると吐き出すような犬だった。


クロは暖かい犬だった。

寝る時は布団に潜り込んできて、俺の股の間で寝るのがお気に入りだった。

冬は重宝するのだが、夏は暑いくらいだった。なのに毎日潜り込んでくる犬だった。


クロは愛らしい犬だった。

俺が家に帰ってくると尻尾を千切れんばかりに振り、出迎えてくれた。

甘え上手で人がやられると弱い動作を理解しているのか、写真をネットにあげたらバズるような動作を毎回のように見せてくれていた。


クロは忠義の犬だった。

俺の親しい人に対してはすぐに懐くのに、俺が警戒心を抱いた人間などには一緒になって相対してくれた。敵愾心を内面に秘めているだけでもそれを敏感に察知してそいつには決して近寄らないような犬だった。


クロは優しい犬だった。

俺が失恋して泣いている時、そっと身を寄せて来てくれた。

ジッと俺の顔を見つめ、流れる涙を舐めとってもくれた。

散歩に行ったある日、俺が転んで膝を擦りむいた時も、傷口を優しく舐めるような犬だった。クロが舐めた傷はすぐに治った。


クロは不思議な犬だった。

突然姿が見えなくなったと思ったら、気が付くと後ろにいるような犬だった。


クロは変な犬だった。

たまに二足歩行をしたり、体毛を飛ばしたりしていた。

体が発光することもあった。眩しいからやめろと何回言ったか分からない。


クロは強い犬だった。

俺が苦戦するような妖魔や魔物にも果敢に立ち向かって反撃の時間を稼いでくれる犬だった。詠唱時間の長い術を使う時はとても役に立った。




クロは今日、死んだ。




だがお前の命は一つじゃないだろ。早く立て、そして早く援護をしろ!

もうこっちは限界なんだよ!おい!寝たふりするんじゃねー!!

いくら俺だって完全復活した妖狐を単独で討伐できるわけねーだろ!!

俺が破魔札に魔力を篭める間は咆哮でやつの動きを止めろ!前に見せた変化を使っても構わん!あれは後処理が大変だが今はそんなことを言ってる場合じゃねー!

俺一人じゃこいつには勝てん!!



だが、



お前と一緒なら問題にすらならん。




いくぞ、クロ。

お前と一緒ならどんな困難も乗り越えられる!





ところでクロ。





お前ってホントに犬なの?

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