第2話 実態

「トワ。よろしくね」


 そうやってまたコルルは、にっこりと笑った。


「じゃあ、今からうちに来てくれる?」

「……それはいいけど、お前はどこから来たんだよ?」

「四条救済教会」

「違うそうじゃない。どうやってこの街に来ることができたんだよ?」


 この街は核爆弾によって滅ぼされているんだから、この辺りは放射能で汚染されまくっている。そんなところに飛び込んでくるなんて、正気の沙汰じゃない。


「あぁ、それはね。こうやったん……だよっ!」


 答える代わりにコルルは、上着のポケットから握り拳くらいの石片を取り出すと、地面に向かって叩き投げた。

 パァンッと乾いた音が鳴って、その石片から眩い閃光がほとばしった。


「……ぅあっ!?」


 俺は何が起きたのか、理解できなかった。閃光を避けようと、目を瞑って再び目を開けたら、全く知らない場所に立っていたからだ。そこは瓦礫の山なんかない、平和そうな場所だった。

 芝生は青く茂り、木々は緑の葉を広げ、小川はせせらぎ、耳を澄ませば小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうな空間が広がっている。瓦礫なんかひとつもなく、かび臭い雨の匂いも、鼻をつんざく人間の死臭もしなかった。


「…………」


 俺は絶句した。言葉なんか考えても出てこなかった。


「どう? 楽園みたいでしょ?」


 コルルはそう笑ってみせた。


「これはね、転移石ワープストーンって言って、スカイシティで開発されたものなの。科学技術の発展によって人間は転移装置ワープゾーンを作り出したってのは知ってる? その技術を石に適応させたってわけ」


 コルルは手のひらに石片を乗せて、俺に見せてくる。こいつも異能と同様、スカイシティが生み出した科学技術の賜物だ。


「一回行ったことのある場所の名前を言って投げると、その場所までワープできるんだよ」


 言い切るとコルルは手のひらを閉じて、その石片を右胸のポケットに入れる。そして右の方へと向き直りまた話し始めた。


「向こうに建物が見えるでしょ。あれが四条救済教会。その向こうにあるのが、コルたちが住んでいる宿舎だよ。ここにいる人たちはみんな奥の田んぼで働いたりして、暮らしてる」


 コルルが指差した方向には、二階建ての教会みたいな木造の建物が建っていた。その奥には、三階建てのアパートのような建物が建っている。


「んで、ここで僕は何をしたらいいんだ?」

「そうだねー。時期が来るまで、コルたちと一緒にここで生活してほしいんだ。新しく四条救済教会に入った新人としてね」


 コルルはそう俺に頼んできた。

 別に入ってやってもいい。俺が今までいた場所よりかははるかに居心地が良さそうなのは確かなこと。だが。


「いまいちここが信用しきれねぇ。四条救済教会ってのは何を目的とする組織なんだ?」

「用心深いんだね君。いいよ、教えてあげる。ついてきて」


 コルルは教会の方へと歩き始めた。俺は目の前にある教会に目をやる。

 ファンタジーな世界にありがちな、魔女の帽子のように尖った三角の屋根。壁は板張りでできており、何個か出窓がある。コルルはそんな教会の前に立ち、両手で扉を開けて中に入る。俺も続いて教会の中に足を踏み入れる。内装は思い描く教会とほとんど同じだった。両側にはベンチが何列も並び、一番奥には主祭壇がある。主祭壇の後ろには、二階部分まで達するステンドグラスがあり、かすかな太陽光を教会内に照らしこんでいる。

 コルルは一番手前のベンチに座ると、隣に座れと促してきた。


「この世界のシステムは知ってるよね?」


 俺がベンチに腰掛けると同時に、コルルが聞いてきた。


「SC体制っつうやつか? 下が上に貢ぐってシステム……」

「随分ざっくりいったねー。まぁ大体その通り。空中都市であるスカイシティは、地上の人間たちにあらゆるモノを生産させて、その生産物を納めさせているんだ」

「その地上の生産場を通称『創生産都市プロダクトグラウンド』って呼ぶんだよな」

「そ。地上の広大な土地を利用して、スカイシティの人々の生活のために、作物や家畜、電気や製品などを作らされる。一日に二十時間とか働かされてね」


 教会内の照明が輝き出した。ステンドグラスの向こうは薄暗くなっている。どうやら日が落ちてきたんだろう。だがそんなこともお構いなしに、コルルは話を続ける。


「けど、プロダクトグラウンドの人々はそんな状勢なんて知らされるわけもない。生まれて言葉が通じるようになったら、訳もわからないままスカイシティのために働かされ続け、文字の読み書きも、数字の足し引きもできないまま一生を終える」

「言ってみりゃ奴隷だな」

「そんな場所がこの地上に五つある。旧アメリカ領土、旧中国領土、旧日本領土、旧オーストラリア領土、旧ヨーロッパ地域」

「そのってのは、百年ほど前まではそこにそんな名前の国があったってことだよな?」

「ええ。でもコルが君に伝えたいことはここから先」


 そう言ってコルルは、今まで無関心だった教会を一周見回した。そしてふーっと息を吐き出す。


「地上にある街はプロダクトグラウンドだけじゃないよね」

「プロダクトグラウンドから逃げ出した人や、スカイシティで罪を犯した犯罪者たちが集まる街……」

無法地帯エリアね。地上に七個あると言われてる街を指す」

「スカイシティが特別危険区域と定めてるエリア1stからエリア7thのことだな」

「その中で、君がいたのはエリア3rd……」

「滅んだけどな」


 俺は生まれた時から、エリア3rdで育ってきた。今は瓦礫の山と化しているあの街にも、大事な人や、大切な思い出がある。

 俺は目を閉じた。エリア3rdから生命が消えたあの日。身体が消し飛ぶほどの強烈な光と熱線、そして爆風が俺の眼に浮かんでくる。俺はを思い出さないようにして、再び目を開けた。

 俺が目を開けるのを待っていたかのように、コルルは俺の方へ向き直り、真っ直ぐな瞳を向けてくる。


「……君がどれだけ辛くて苦しい想いをしたかなんて、コルには理解することさえもできないと思う。でも、四条救済教会ここはそんな子たちが集まってる。言わばここは、地上で居場所を失った子たちの新たな宿木。だから、少しでも君の支えになれたらって……」


 俺は真剣な眼差しで話すコルルを、静かにずっと見つめていた。コルルの純粋な眼は、少なくとも人を欺くような眼ではなかった。


「いきなり会ったやつの文句なんて信じられもないし、信じてもらえる訳もねぇ。けど、ここに来て政府の奴らを殺せるなら……それが……死んだ街のやつらの贖罪になるなら、僕は……」


 言葉に詰まりながらも、俺はコルルに今の気持ちを伝えていく。


「……教会に入って、その時が来るまでお前らとここで時間を共にするよ」

「え……それって、つまり……」


 コルルがキョドキョドしながら視線をふわふわ動かす。分かってねーなこれ。


「ここにいてやるって言ったんだ! 分かれよ!」

「じゃあ回りくどい言い方しないでよ!」


 俺のツッコミにツッコミで返してくる。今の俺が悪いのか?


「じゃあ、これからよろしくね。トワ!」

「あぁ。よろしく」


 俺とコルルは再び握手を交わす。

 こうして俺ことトワは、長年住んだ街を滅ぼしたスカイシティの奴らを相手に、死んだ街のやつらの復讐と贖罪を決意し、コルルのいる四条救済教会に入った。

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