SkyCity 空に浮かぶ巨大都市VS地上の奴隷とぼくら 〜完全に二極化された世界を相手に下剋上をかまします〜

豊鈴シア

第1話 終わりと始まり

 ザァァァァァァァァァアア……。

 真っ黒い空から降ってくる大粒の雨たちは、俺の身体をこれでもかと言うほど濡らしてくる。

 今日は西暦二千二百二十ニ年、六月三日。

 俺は、どこに行くわけでもなく、ただ全ての生命が消え去ったこの街を歩いていた。横には爆風によって倒壊した建物たちが並んでいる。ついこの間までは緑の息吹を吹かせていた木々たちも、その姿を保っていないし、俺が歩いている道路にはもちろん人影などない。この街は、滅ぼされたのだ。この街が数十発の核爆弾で攻撃されて、俺以外の人間は死んだ。

 さて、今夜はどうやって生き延びてやろうか。この街が滅んだのは、二日前。それから俺は飲まず食わずで二夜を明かした。そろそろ何かを食べないと死に至る危険性が出てくる。水は、この空から無限に降ってくる雨を飲めば何とかなる。だが、食料の方はなんとかできない。見ての通り、完全に灰と化しているこの街のスーパーやコンビニはあてにならない。行ってもいいが、建物そのものが崩れ落ちていて、中に入ることさえもできないというのがオチだろう。

 つまり、今日も食い物にはありつけないってことか。俺は歩くのを止め、近くの瓦礫に身を任せて座り込む。


「……はあぁぁ。今日も寝るとこ探さねーとな」


 俺は深くため息をついて、目の前にある廃墟に目をやる。四階建てのビルのようだが、珍しく天井が落ちていない。窓はもちろん全て割れているし、ドアなんてものはついていない。だが、雨をしのげる天井がある。


「……いける……か?」


 俺はゆっくりと立ち上がる。足元に注意していたつもりだが、歩き始めた途端にぬかるみで足を取られ、派手に転んだ。


「てててて…………」


 あーツイてねぇな今日は。なんて考えながら、立ち上がろうとした俺の眼の前に、手が差し伸べられた。


「おぉ……サンキュ」


 俺は差し伸べられた手を取り、立ち上がった。

 ん? 手?

 この街に俺以外の人間なんて、いるはずが。

 そんな俺の脳裏を覆すように、眼の前に立っている少女は虚ろな目で俺を見つめていた。


「やっと……みつけた……」


 これが、俺と彼女──コルルとの最初の出会いだった。

 明るい桃色の髪は両サイドで束ねられ、耳の上あたりから伸びているツインテールは大きく、肩のあたりまでくるくると渦を巻いている。茶色を帯びた丸い瞳は、混沌とした俺の瞳とまるで対比して作られたかのように純粋だった。


「……どうやって、この街に……?」


 この街を中心に、半径五キロメートル以内の人間は絶対に生きているはずがない。それに、放射能汚染やなんやらで立ち入ることも難しいはず。どうやってコイツはここまで辿り着いたんだ。


「……君を探すためかな。ねぇ、コルと一緒に来ない?」


 そうやって目の前の少女は、歯を見せて笑う。

 なんだ、コイツ。まさか、政府の人間じゃないだろうな。もしもそうなら、俺は今ここでコイツを殺さなきゃなんねぇが。


「何が言いたい? この街を出るつもりはないぞ」

「私の名前はコルル。君に四条救済教会へ入ってもらうために来たんだ」


 四条救済教会なんて聞いたことがない。


「どこの組織だが分からねぇようなやつに、ノコノコとついていくほど安い人間になった覚えはない。さっさと帰れ」


 俺は言い切ると、後ろを向き、コルルから視線を逸らす。


「……ここで何かをするつもり?」

「さあね。考えて何も思い浮かばなかったら、この街と一緒にここで死ぬさ」


 この街で死にたいのは本気だ。


「死にたいの?」


 みなでもないこと聞いてくるな。というか俺相手だとは言え、初対面でそんなことを口走るとは、コイツもなかなかぶっ壊れているんじゃねぇの?


「あぁそうだな。生まれ育ったところで死にてぇのは、人間の本能だろ」

「君が異能人なら、こんなとこで死なせるわけにはいかないよ」


 この世界の人間は大きく分けて二種類に分類される。異能を持たない一般人と、そうでない異能人。生まれた時から、火や水を操れるなどなにかしらの異能力を身体に宿している人たち、それを異能人と人は呼ぶ。

 現代では、科学的に人間に異能力を与えることが可能になっていて、誰でも望めば好きな異能が手に入る時代だ。そうやって作り出された異能人から生まれた子供は、必ず異能の力を持って生まれてくる。


「あっそ。でもあいにく俺は異能人じゃあねぇ」


 半分本当で、半分嘘だ。まず、俺にもちゃんと異能がある。

 俺の異能は浄化。あらゆる物質の流れの汚れを、操作することができる異能。それは水や空気に限った話ではない。人間の心や性格、あるいは人間関係まで操作することもできるらしい。推定形なのは、この異能について、俺自身もあまり知らないからだ。

 普通異能ってのは、その能力値を上げるために自分で練習なんかをして、だんだん使い方を覚えていく。一般的に異能人として生まれてきた人間は、十歳までに大体の使い方をマスターし、十五歳を過ぎるころには応用できるようになる。

 しかし俺の場合、どれだけ練習を積んでも異能は発現しなかった。機械を通して自分が異能人であることは分かっているが、こうも異能が姿を見せないと、異能人としての自覚は薄れてくる。


「じゃあなぜ、君はこの街に五体満足で立っていられるの?」

「はぁーあ。痛いところをついてきやがる。お前いったい何者だ?」


 異能人は身体が強い。もちろん怪我をすれば痛いし、血も出る。けれど回復力は一般人とは比べ物にならないくらいに早いし、病気にもかかりにくい。現に数十発の核爆弾に被ばくしておきながら、ピンピンしている俺が異能人の身体の強さを体現している。


「コルは普通の一般人だよ」

「じゃあ帰りな。俺は一人で死にたいんだ」

「じゃあ今コルが殺してあげる」


 は? 今コイツなんて言った。俺を殺す?


「……それはお断りだな。得体の知れない女に殺されたくはねぇ」

「じゃあつまり、この街は出たくない。今ここで死にたくない……。もしかして君、イヤイヤ期?」

「うるっせぇぇぇぇ! なんだっていいだろうがそんなことは。それよかお前は俺を連れてって何する気なんだよ!?」

Sky Cityうえを落とす」


 ………………。

 俺は言葉を失った。

 スカイシティとは、この世界に存在するひとつの都市の名前である。が、それは高度五千メートルを浮遊する超巨大な空中浮遊都市なのだ。

 今から約百年ほど前に起きた世界大戦で、世界中の国々は一度滅び、『この世界』をひとつの国家と定めた。それが俺たちが今立っている、地球国『スペースイニシアティブ』である。ここは既に昔の地球ではなく、スペースイニシアティブというひとつの星だ。その首都的な立ち位置にあるのがスカイシティで、今現在では、地上にある無数の街を独裁支配している。

 この街が滅んだのも、そのスカイシティに反乱を起こしたからであり、俺たちのような地上したの人間はスカイシティには絶対従わなければならない。

 そんな都市を倒すってことは、まず不可能に近いが……。


「はは……。面白いこと言うなぁ。で、俺がそこに必要な理由は?」


 この独裁体制を終わらせるとは、少し興味が出てきた。変な宗教に入るつもりは更々ないが、それが最終目的なら、コイツについていくのも悪くはない。


「君は強い。この街を守ろうとした」

「……それを達成したとして、俺に返ってくる見返りは?」

「この街でコルが君を殺してあげる」

「ふぅん」

「なに? 不服? 君が求めているものはお金や名声、地位なんかじゃないと思ったんだけど」

「……いぃや、それでいい。奴らを皆殺しにできれば、金や地位なんていらねぇ」


 このまま一人で死にゆくつもりだったが、死ぬ前に奴らを殺せるなら、そっちのほうが百倍も千倍も良い死に方ができるだろう。


「わかった。手を打とう」

「いいの? 全てが終わったらコルは君を殺すよ?」

「じゃあその前に俺がお前を殺してやる」


 そうやって、俺はコルルと手を交わした。


「そういえば、君の名前は?」


 名前か。本名を答えてもいいが、極力教えたくはない。本名を少しいじるか。


「……そうだな。……の名前は、トワだ」

「トワ。よろしくね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る