第5話 あの子


【あの子】


 あの子ってのは、元気ちゃんさ。


 確か、三年ぐらいだったかな。俺が双子と過ごしたのは。


 その三年目、最後の年。

 俺はボスからガウガの兄貴越しに、子供の調子を聞かれた。勉強は進んでるか、と。で、俺は素直にこう答えた。


 どちらも魔術的才能はボスの子だけあるから上等なものです。

 元気ちゃんはかなりの優等生! 専門学校に通わせてみてもいい。

 泣き虫ちゃんは惜しい事に、立派な魔法使いになれるかどうかはわかりません。やる気がないのだから。


 ってな。


 多分、今後は元気ちゃんの方が優遇されるだろうなぁと俺は思った。そうすると、泣き虫ちゃんはほっとかれるだろう、と。

 俺の本来の仲間も上司もそうだろうなあと言っていた。

 俺の中の影虎も、溜息をつきながら同じことを考えた。


 ……たはははは! あー、はっははは! あはは、あーっは!

 ……ははは、悪い悪い。

 あのとき以来、感情が昂るとどうも笑っちまう変な癖ができたんだよなぁ。本当に悪癖だ。


【あのとき】


 んふふふふ。あのときって何かって?

 俺がボスに双子の調子を伝えた日から数日後さ。


 その日、俺のアパートにボスがやってきた。双子が布団でぐっすり寝てる真夜中にな。

 長いことカリウドにいたが、そんなことは初めてだった。

 そんで彼はこう言い出した。


『未熟な方の娘を殺せ』、ってな。

 そうすりゃお前を幹部に昇進してやろう、と。


 影虎は首を横に振った。

 ないないあり得ない、なんでどうして、ひどいひどすぎる。

 そんな具合に拒否と疑問と恐怖が俺の頭の中で花開いた。


 だけど俺は潜入捜査官ドッペルゲンガー。

 偽りの主人に偽りの忠誠心を見せつけるのがお仕事。


 俺は俺の、正確には影虎の手で、双子の片割れ、未熟な泣き虫を殺した。

 簡単さ。寝てる彼女の首を絞めればいいんだから。


 誤算があるとするならば……俺の口から叫び声が出た事だ。

 言っとくけどドッペルゲンガーじゃない。

 俺の中の、影虎の魂だ。

 酷い声だった。本当に酷い声だったよ。喉が枯れそうになったし、窒息しそうになるほど長く長く叫び続けていた。


 だがもっと酷いのは、影虎のその声で、泣き虫ちゃんの隣で寝ていた元気ちゃんが飛び起きたことだ。

 いや〜〜すごいのなんのって。彼女は起きてすぐ状況を理解して、即! 俺の半身をばんっと吹き飛ばした。爆裂魔法でね。

 さっすが最悪の魔法使いヘルオムの娘だ、照準も威力も判断力もバッチリ。


 で、だ。本題はここから。



 俺が驚いて、慌てて肉体を修復している間に、彼女は――消えてしまっていた。


 転移魔法かな、ありゃ。

 教えた覚えないけど……でもあの子魔法好きだからなぁ。


 今彼女はいくつになってんだろ。えーと、八歳の時にさよならしたから、そこから三年で……。十一歳か。

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