ココロオドル

渋川伊香保

ココロオドル

O-6721番は汎用性家事サポートロボットである。サタケテクノロジーの主力商品だ。掃除や洗濯はもちろん、料理や公共手続きや各種料金支払いもできる。1台あたりは平均年収の2倍ほどで割高だが、自家用車とどちらか迷った末に購入されるほど普及している。経済の低迷で賃金が下がり、老後まで現役で働く人が多い中、家事一切を肩代わりしてくれる機械なんて、あって損なことはない。製品名が「ナニー シグマ」なせいか、「ナニ」と呼ばれることが多い。


14歳のカオルは最近いつも苛立っていた。両親の言う事も先生の教え方もニュースから知る社会情勢も、何もかもが気に入らなかった。友達とはそれなりに気を使って付き合ってはいたが、本心を知らせ合うこともほとんどなかった。

「ああ、なんかないかなぁ!」

と苛立って声を荒げると、ナニが近寄ってきた。

ナニーシグマには家族の感情サポートの機能もある。

「カオル、ドウシマシタ?」

カオルはナニには刃向かえない。仕事に忙しい両親は、ほとんどの育児をナニに任せてきた。子育てを担うことも多いナニーシグマは、子供の精神的ショックを防ぐために、外装は15年以上保つように定められていた。カオルにとって、ナニは実の両親以上に両親だったり

「アナタハ チイサイトキカラ ソウデシタネ。ナニカ キヅツクコトガアレバ イライラトコエヲアラゲテ。ナニカアッタノ?」

殆ど泣き顔になっていたカオルは、ナニに訥々と訴えた。先生に態度を注意されたこと、庇ってくれると思ったていた友達に顔を背けられたこと、本当の友達なんていないんじゃないかと危惧していること。

ナニは何も言わずに聞いていた。やがて

「ココロオドルオンガクヲカケマショウ」

ロボットの心が躍る音楽って、なんだろう。とカオルが思っていると、音楽が流れ出した。

カオルが幼児教育を受けていたとき、よくナニがかけていた曲。幼かったカオルはこの曲に合わせてよく踊っていた。

ナニは、あの時の光景を「ココロオドル」と判断したのだ。ロボットなりの状況判断だった。今のカオルにとっては既に感慨も持たない曲だが、幼いカオルを喜ばそうとしていたナニの、それはもう気遣いと言っても差し支えないのではないか、そんな心境になってしまって、涙が止まらなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ココロオドル 渋川伊香保 @tanzakukaita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る